EP 15
【満月の狂宴】定住の乾杯と、新たなる騒動の影
夜空に近いマンションの屋上ビアガーデンで、黄金色のビールが弾ける乾杯の音が響いた。
「アハハハハハッ! みんなどんどん回復してあげるわよぉぉぉっ!!」
振り返ると、満月の光を浴びて目をギンギンにさせた村長が、村人たちを次々と殴り飛ばしながら『全回復』させるという地獄の光景が広がっていた。
「か、勘弁してくだせえ村長ォォ……ッ! あばばばば、でも肩こりが治っただァァァ!?」
「姉御の熱いご指導、ごちそうさまですゥゥゥッ!!」
キャルルの強烈な回し蹴りを食らった農民たちが、一度白目を剥いて吹き飛んだ後、ピンピンに若返って(HP全回復して)シャドーボクシングを始めている。
これが、月兎族の『満月ハイ』。
ダクトテープでぐるぐる巻きにされていたキャルルの重傷も、満月の魔力で瞬く間に完治してしまい、余り余ったエネルギーが完全に暴走しているのだ。
「おい、アラト! キャルルを止めろ! 宴会が乱闘騒ぎになってるぞ!」
俺がビールサーバーのレバーを引きながら叫ぶ。
「無理だ店長! あいつ今、闘気と回復魔法が常時MAXで漏れ出してる! 触れたら俺まで『健康的な腹パン』を食らっちまう!」
アラトは【家庭科】エプロンを着たまま、キャルルの射程外から焼きそばをひたすら炒めて逃げ回っている。
死蟲軍との防衛戦に勝利した今夜。
俺たちは、ポポロ村の住人を全員マンションの屋上に招き、盛大な打ち上げ宴会を開いていた。
ホムセンの倉庫にあった大量の缶ビールやジュース、冷凍肉。それらをアラトの【家庭科】スキルで完璧なバーベキューとして焼き上げる。
『ホムセンの豊富な娯楽・食料インフラ』×『アラトの調理スキル』×『疲弊した異世界の農民』=究極の宴。
剣と魔法の世界において、冷えたビールと焼き肉食べ放題のビアガーデンなど、王侯貴族ですら知らない天上の楽園だ。村人たちは死蟲の恐怖などすっかり忘れ、泣きながら肉を貪り、キャルルの『全回復暴力』の洗礼を受けては無駄に元気になっていく。
「こらキャルル! おとなしく座ってビール飲んでろ!」
俺は業を煮やし、隙を突いてキャルルの首根っこ(ポロシャツの襟)を背後から引ん捕まえた。
「あ、春太ぁ! 春太も疲れてるでしょ! 私が全力でヒールを込めたヘッドロックかけてあげるからね!」
「やめろ、首が折れる!」
暴れるウサギ姫を無理やりパイプ椅子に押し込み、俺とアラトで両脇を固める。
ジョッキを押し付けると、彼女はようやく大人しくなり、グビグビとビールを煽った。
「ぷはぁっ! ……もう、春太ったら乱暴なんだから」
「お前が暴れてたんだろ」
頬を赤く染め、とろんとした目で寄りかかってくるキャルル。満月の影響か、普段のヤンデレ気質に甘えん坊成分が足されて非常にタチが悪い。
「でも……よかった。春太が、怪我しなくて」
キャルルが俺の肩にウサギ耳を擦り付けながら、小さく呟いた。
「俺はお前たちに守られてただけだからな」
「ううん。春太がこの村に来てくれなかったら、私たち、とっくに死んでた。……ねえ、春太。ずっと、ここにいてくれるわよね?」
俺は屋上のフェンス越しに、ポポロ村の夜景を見下ろした。
つい先日まで隙間風だらけだった村は、俺がホムセンのセメントで作った防壁に守られ、アラトの魔法の明かりが灯り、広場では村人たちが笑い合っている。
前世では、ただ消費されるだけの『社畜の店長』だった。
だが今は違う。俺の知識と、ただのホームセンターの品揃えが、この村を豊かにし、人々の命を守り、そしてこの屋上に笑顔を作っている。
俺の心の中に、確かな温かさが広がっていた。
「ああ。ここは俺たちの『ホーム』だからな」
俺がそう言うと、アラトがガリッと飴玉を噛み砕き、笑った。
「違いない。最高にイカれた、居心地の良い職場だぜ、店長」
「えへへ……私の、春太……」
キャルルが俺の腕にギュッと抱き着き、そのままスヤスヤと寝息を立て始めた。満月ハイの反動で電池が切れたらしい。
夜風が心地よい。
こうして、俺の異世界生活――ポポロ村での『定住』は、一つの区切りを迎えたのだった。
◆
――その頃。
ポポロ村から遠く離れた、大陸最大の国家『ルナミス帝国』。
その帝都の中心にある内務省の執務室で、内務官オルウェルは一枚の羊皮紙の報告書を読み、鋭い目を細めていた。
「……三国緩衝地帯のポポロ村が、一夜にして『未知の超硬度石材』の城壁に囲まれた、だと?」
報告に上がったのは、それだけではない。
死蟲軍の数百の群れを無傷で撃退したという事実。さらに、その村には『透明な防弾の盾』や『空をも切り裂く謎の閃光(LED投光器)』、そして『見たこともない鉄の要塞』が存在するという。
「魔法使いの気配はない。だが、まるで……百年前の建国神話、初代皇帝サトウ・タロウ様の『秘宝』を彷彿とさせる技術だ」
オルウェルは、報告書をデスクに置き、不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。我がルナミス帝国の覇道に益する力か、それとも害をなす異端か。……直接、その村長とやらの顔を拝んでやろう」
平和な宴の夜の裏側で、巨大な帝国の歯車が、俺たちの村へ向けて回り始めていた。
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