EP 14
【雷神の月兎と炎氷の射手】ポポロ村は渡さない
耳を劈くチェーンソーの爆音と、夜の闇を消し飛ばす一万ルーメンの閃光。
無敵を誇った漆黒の死蟷螂機が、センサーを破壊されて無様に天を仰いでいた。
「――いっけえええええええッ!!」
俺がチェーンソーのグリップから手を離し、全力で後方へダイブした瞬間。
木々を蹴って宙に舞い上がったアラトの弓から、極彩色の光が解き放たれた。
「味わいな、俺の特製ブレンドだ! 『カクテル・エンド』!!」
アラトが放った一本の矢。そこに纏われているのは、紅蓮の炎と極寒の氷という、相反する二つの魔法だった。
本来なら反発し合い暴発するはずの二つの属性を、元SEの緻密な計算能力(プログラミング的思考)でギリギリのバランスで融合させた、アラトの切り札。
ドゴォォォォォォンッ!!
矢は死蟷螂機の胸部装甲に直撃し、凄まじい爆発を引き起こした。
『ギヂヂヂッ!?』
炎の超高熱が漆黒の装甲を瞬時に真っ赤に焼き上げ、直後に絶対零度の氷がそれを急激に冷却する。
『現代魔法』×『急激な熱膨張と収縮』×『異世界の金属』=熱衝撃による装甲の完全な脆化。
いかに強固な超合金であろうと、この急激な温度変化の落差には耐えられない。パキィィィンッ!というガラスが割れるような音を立てて、コンクリートを切り裂く死蟷螂機の胸部装甲に、無数の亀裂が走った。
「やった! 装甲が割れたぞ!」
俺が叫ぶが、死蟷螂機はまだ倒れない。胸から火花を散らしながらも、残された右の超振動ブレードをアラトに向けて無差別に振り回そうとする。
「……私の村で、好き勝手はやらせない」
その凶刃がアラトに届くより早く、地を蹴る音が響いた。
ダクトテープでぐるぐる巻きにされたキャルルだ。
本来なら一歩歩くのも激痛のはずの重傷。だが、俺が巻きつけた『ダクトテープ』がコルセットのように彼女の筋肉と傷口を強固に固定し、無理矢理な運動を可能にしていた。さらに、月兎族の特権である『月明かり』が、彼女の闘気を限界を超えて引き上げている。
「ふぅぅぅ……っ!」
キャルルが深く息を吐くと、その両足に紫電の雷光がバチバチと弾けた。
特注のタローマン製安全靴――そのつま先に内蔵された『雷竜石』が解放され、強烈な電磁場を形成していく。
「春太の村は、私が守る!」
キャルルがクラウチングスタートの姿勢から、大地を爆発するように蹴り出した。
ドウンッ!!
踏み込んだ地面がクレーターのように陥没する。
キャルルの姿がブレた。否、マッハに迫る速度で疾走し、死蟷螂機の死角を完全に縫いながら、宙へと跳躍した。
最高到達点は二十メートル。夜空の半月を背に、彼女は空中で一回転し、自らの全質量と落下のエネルギー、そして限界突破の闘気を右足の安全靴に集中させた。
「超電光・流星脚ッ!!」
紫電の尾を引いて落下するその姿は、文字通り天から降り注ぐ雷の流星だった。
『ギ、ギガガガッ!?』
死蟷螂機が迎撃に鎌を振り上げるが、遅い。
キャルルの踵――タローマン製の鉄芯入り安全靴が、アラトの『カクテル・エンド』によってヒビ割れた死蟷螂機の胸部装甲に、寸分の狂いもなく直撃した。
メキャァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!
鉄がひしゃげ、機械回路が粉砕される凄まじい轟音が響き渡った。
『ホムセンの安全靴(鉄の塊)』×『マッハの落下の運動エネルギー』×『熱衝撃で脆くなった装甲』=絶対的な物理粉砕。
威力の乗った安全靴は、脆くなった装甲を紙のようにぶち抜き、死蟷螂機の中枢コアまでも完全に貫通した。
『ギ……ピィィィ……システム……エラー……』
死蟷螂機は短い電子音を残し、その場に崩れ落ちる。
ズゴォォォォン……。
巻き上がる土煙の中、巨大な漆黒の機械蟷螂は、二度と動かなくなった。
「や、やった……! やっただァァァッ!!」
「村長が、魔王軍の化け物を倒したぞォォォッ!!」
ポリカーボネート製シールドの後ろで息を呑んで見守っていた村人たちが、一斉に歓喜の雄叫びを上げた。
門を突破できずに足止めされていた残りの死蟻機たちも、指揮官である中ボスを失ったことで統率を乱し、クモの子を散らすように森の奥へと撤退していった。
「はぁ……はぁ……っ」
死蟷螂機の残骸の上に降り立ったキャルルが、荒い息を吐きながら膝を突く。
「キャルル!」
俺は慌てて駆け寄り、彼女の体を抱き止めた。
「大丈夫か!? 傷が開いてないか!?」
「えへへ……春太の、魔法のテープのおかげで、平気だったわ……。でも、もう、力が……」
キャルルは俺の胸に顔を埋めると、そのまま安心したように気を失った。その顔は、泥と血に塗れていたが、穏やかな寝顔だった。
「お疲れさん。これで一安心だな、店長」
アラトがエプロンのポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりと歩いてきた。
「お前もな。すごい一撃だったぞ、アラト」
「そりゃどうも。……だが、俺の矢も村長の蹴りも、お前の『光と音』の目眩しがなけりゃ絶対に入らなかった。お前が作った隙が、俺たちの勝利の理由だ。胸を張りな、店長」
アラトが、俺の肩をポンと叩く。
ふと空を見上げると、地平線から太陽が顔を出し始めていた。
長かった夜が終わり、ポポロ村に新しい朝がやってくる。
だが、その反対側の空には、うっすらとだが、これから来る『夜の主役』の輪郭が残っていた。
「……ん? なんだ、今日って……満月になるのか?」
俺の呟きに、アラトが「どうした?」と首を傾げる。
いや、なんでもない。今はとにかく、この勝利を喜ぼう。
俺たちの『ホーム』は、俺たちの手で守り抜いたのだから。
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