EP 13
【逆転の一手】TCCC応急処置と、チェーンソーの咆哮
土を濡らすキャルルの赤い血が、俺の足元まで這い寄ってくる。
『ギヂヂヂヂッ』と、死蟷螂機が勝利を確信し、俺の首を刎ねようと大鎌を振り上げた。
だが俺は、迫り来る死神には目もくれず、ホムセンの買い物袋を力任せに引き裂いていた。
「キャルル! 目を開けろ!」
俺は血だまりに倒れるキャルルの横にスライディングし、素早く彼女の傷口を確認した。
右脇腹から背中にかけての深い裂傷。異世界のポーションも回復魔法使いも、今の俺たちの手元にはない。だが、俺には趣味で読み漁ったTCCC(戦術的戦傷救護)の知識と、現代の化学製品がある。
戦場における救命の最優先事項は『大量出血の阻止』だ。
「は、るた……逃げ……て……」
「馬鹿野郎。店長が従業員を置いて逃げるかよ!」
俺は買い物袋から、ホムセンのペット用品コーナーで売られている『超吸収型ペットシーツ』を取り出し、キャルルの傷口に力任せに押し当てた。
医療用ガーゼなど比較にならない、高分子吸収ポリマーによる圧倒的な吸水力。それが溢れ出す血を瞬時にゼリー状に固め、出血の勢いを殺す。
「痛いぞ、歯を食いしばれ!」
続いて取り出したのは、DIYの最強の味方『ダクトテープ(シルバーテープ)』だ。
俺はキャルルの胴体に、ペットシーツごとダクトテープを何重にも、呼吸が止まる一歩手前の力でグルグル巻きに縛り上げた。見た目は最悪だが、これで強固な圧迫止血と、傷口が開かないためのテーピングが完了する。
『ギヂッ!?』
獲物を弄ろうとしていた死蟷螂機が、俺の不可解な行動に苛立ち、大鎌を振り下ろしてきた。
「店長! 危ねえ!」
アラトが牽制の矢を放つが、弾かれる。
俺はキャルルを抱え込んだまま、泥を這うように横へ転がった。
ズドォォンッ!
先程まで俺たちがいた地面が、超振動ブレードによって深く抉り取られる。
「アラト! キャルルを頼む!」
俺はキャルルをアラトの方向へ押しやり、自分はそのまま軽トラの荷台へと走った。
「て、店長! どこ行くんだよ! 逃げる気か!?」
「馬鹿言え! クレーム対応の時間だ!」
俺は軽トラの荷台に積んでいた『ポータブル発電機』のスターターロープを全力で引っ張った。
ブルルルルンッ!!
エンジンが唸りを上げる。それに繋がっているのは、夜間工事用の『一万ルーメンLED投光器』だ。
死蟷螂機は、キャルルの背後からの超高速攻撃すら視覚で完璧に捉えてみせた。裏を返せば、奴の戦闘力はあの『複数の複眼』から得られる莫大な視覚データに依存しているということだ。
「こっちだ、クソ虫!」
俺は死蟷螂機に向けて、LED投光器のスイッチを叩き込んだ。
――ピカァァァァァァァァァッ!!!!
『ギ、ギギガガガガガガガッ!?!?』
夜明け前の薄暗い広場に、太陽が至近距離で爆発したかのような暴力的な閃光が炸裂した。
暗視に特化した高感度センサー(複眼)に、直視すれば人間の網膜すら焼く一万ルーメンの直射光。
死蟷螂機は悲鳴のような電子音を上げ、鎌を振り回して後退した。視覚回路が完全にホワイトアウトし、パニックに陥っている。
「まだだ! 耳も塞いでやる!」
俺はもう一つの切り札、園芸・林業コーナーから持ち出した『大型エンジン式チェーンソー』を掴み上げた。
燃料は混合ガソリン。スターターを一気に引く。
ギュルル……ギャアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
110デシベルを超える、二ストロークエンジンの鼓膜を劈く爆音と、凄まじい高周波の振動が森を震わせた。
『日用品(工事用照明とチェーンソー)』×『センサーの脆弱性』×『機械生命体』=究極のジャミング(電子妨害)。
『ピィィィィィィッ!! エラー! エラー!』
死蟷螂機は、光による視覚の喪失に加え、チェーンソーの爆音と振動によって音響・振動センサーまでも完全に破壊された。
空間認識能力を喪失した中ボスが、酔っ払いのようにフラフラとよろめく。
「うおおおおおおッ!」
俺はチェーンソーを構えたまま突撃し、死蟷螂機の装甲の隙間――大鎌の関節部分に、高速回転するソーチェンを力任せに押し当てた。
ギャリリリリリリリリリリッ!!!
装甲を切り裂くことはできない。だが、関節のギアに火花と共に噛み込み、その動きを完全にロックした。
「視覚も聴覚も潰した! 動きも止めたぞ!!」
俺がチェーンソーを押し付けながら叫ぶと、後方から聞き慣れた音が響いた。
ガリッ!!
アラトが飴玉を噛み砕く音だ。
「……ははっ、マジで最高にイカれてるぜ、うちの店長はよォ!」
アラトの弓に、かつてない密度の魔力が収束していく。炎と氷、相反する二つの属性が矢の先端で狂ったように混ざり合う。
そして、俺の背後から、もう一つの足音が聞こえた。
「……春太が、絆創膏貼ってくれたから。……痛いの、飛んでったわ」
振り返ると、ダクトテープでぐるぐる巻きにされたキャルルが、自らの血で赤く染まった足で大地を踏み締めていた。
満身創痍のはずの彼女の全身から、バチバチと紫電の闘気が溢れ出している。半月の月明かりが、彼女のウサギ耳を神々しく照らしていた。
「――トドメだ。撃ち抜け、アラト! キャルル!!」
俺がチェーンソーを手放して横へ飛んだ瞬間、反撃の狼煙が上がった。
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