EP 10
女神の初給料と銅貨の重み――そして、忍び寄る『月』の影
翌朝。
ポポロ村の朝は早い。澄んだ空気が村を包み込み、遠くでトライバード(三徳鳥)の鳴き声が聞こえる頃には、俺のユニークスキル【マンション】の一階――『ホームセンター・タローマン』は、すでに開店の準備を終えていた。
「おはようございますわ、春太さん!」
赤ジャージ姿のリーザが、完璧なアイドルの笑顔でモップがけを行っている。
「ハルタ、本日の特売品(木材とクギのセット)のポップ配置は完了した。レジの釣銭アルゴリズムも正常だ」
エプロン姿のアラトが、タブレットを片手に完璧な報告を上げてくる。
そして。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ! 腰を入れて、台車は滑らせるように……っ!」
園芸コーナーでは、ピンク色の芋ジャージにエプロンを身につけた女神・ルチアナが、化成肥料の袋を台車に載せて爆速で陳列を行っていた。
昨日のヘロヘロな姿はどこへやら。彼女の動きには、無駄な体力を消費しない『労働者の洗練』が早くも宿り始めていた。
リボ払いの借金完済という明確な目標(と、まかない飯への執着)が、彼女を一人前のホームセンター店員へと急成長させているらしい。
「よし、全員集合しろ。朝礼を始めるぞ」
俺がレジカウンターの前に立つと、アラト、リーザ、そしてルチアナがピシッと一列に並んだ。
「今日のシフトも各自、安全第一で頼む。……ルチアナ、ちょっと前へ出ろ」
「えっ? な、なによ。私、今日はまだ肥料の袋を一つも破いてないわよ?」
ビクビクしながら前に出るルチアナに対し、俺はカウンターの下から、小さな『茶封筒』を取り出した。
「昨日はご苦労だったな。本来、給料は月末締めだが……お前は『特別枠』だ。とりあえず、昨日の初出勤分の給料(日払い分)を渡しておく」
俺が茶封筒を差し出すと、ルチアナは目を丸くした。
恐る恐るそれを受け取り、中を覗き込む。
チャリン、と鈍い金属音が鳴った。
「銅貨……」
中に入っていたのは、わずか数枚の銅貨だった。
天界で彼女がポンポンとソシャゲに課金していた金貨(1枚=約1万円)に比べれば、あまりにもちっぽけで、泥臭い硬貨。
「昨日の時給800円×8時間で、銅貨64枚。そこから、お前が昨日の夜のBBQで食い散らかしたロックバイソン肉の代金と、プレミアムビール代、そして天界のリボ払いの『日割り返済分』を天引きさせてもらった。……残ったのが、その銅貨5枚(500円)だ」
俺が淡々と内訳を告げると、横でアラトが「完璧な天引きシステムだ。これで債務不履行のリスクは完全に回避できる」と頷いた。
「銅貨、5枚……」
ルチアナは、手のひらにその5枚の銅貨を取り出した。
世界神である彼女にとって、銅貨など路傍の石ころと同義だったはずだ。神の創造魔法を使えば、純金など一瞬で生み出せる(今は魔力不足とシステムロックで無理だが)。
しかし、彼女はその汚れた銅貨を、まるで世界で一番尊い宝物のように、両手でそっと包み込んだ。
「……重い」
ポツリと、彼女が呟いた。
「魔法で出した金塊より、ずっと重いわ。……私の腕が筋肉痛になって、汗を流して、黒服に怯えながら……自分の力で稼いだ、私のお金……っ!」
ルチアナの瞳から、ポロリと涙がこぼれ落ちた。
自分の足で立ち、理不尽に耐え、価値を生み出した証。その『労働の対価』の重みが、彼女の心を震わせていた。
「う、ううっ……! ありがとう、ハルタ……! 私、この銅貨、一生使わずに神棚(自分)に飾っておくわぁぁっ!」
「馬鹿野郎、金は使ってこそ経済が回るんだ。飾ってどうする」
俺が呆れてツッコミを入れると、ルチアナはハッとして涙を拭い、キリッとした顔つきになった。
「そ、そうね! お金は使うものよ! ……ハルタ! 私、お客さんとして買い物がしたいわ!」
「ほう。何を買うんだ?」
ルチアナは、握りしめた銅貨5枚をレジのトレイにチャリンッ!と音を立てて置いた。
そして、日用品コーナーを指差して、胸を張って宣言した。
「そこの『100円のツボ押しローラー』を一つ! それから、『冷感湿布』を二袋! あと、休憩時間に飲む『特茶』を一本ちょうだい!」
昨日、彼女が身をもってその絶大な効果を体感した、地球の100円均一グッズと疲労回復アイテムである。
昨日は俺の「福利厚生(支給品)」だったが、今日は違う。彼女は、自分で稼いだ金で、自分の肉体を癒やすためのアイテムを『購入』しようとしているのだ。
「お買い上げ、ありがとうございますわーっ!!」
すかさずリーザがレジに滑り込み、満面の笑みで商品のバーコードをスキャンしていく。
ピッ! ピッ! ピッ!
「合計で銅貨4枚と銅粒5つ(450円)になりますわ! お預かりの銅貨5枚から、お釣りは銅粒5つですの! 毎度ありーっ!」
「やったわ! 私のマイ・ローラーよ! これで休憩時間にコロコロし放題ね!」
商品を受け取ったルチアナは、少女のように跳ねて喜んでいる。
「ルチアナ様! もしよろしければ、そのお釣りの銅粒5つ、私の『スパチャ』として投資してみませんこと!? きっと御縁(五円)がありますわよ!」
「絶対に嫌よ! 私の血と汗の結晶を、あんたのパンの耳代にされてたまるもんですか!」
「ケチですわー!」
キャーキャーと騒ぎながらバックヤードへ向かっていく二人の芋ジャージを見送りながら、俺はフッと息を吐いた。
「やれやれ。これでうちの店も、当分は人手不足に悩まされずに済みそうだな」
「ああ。天界の法務部も、彼女が我がホームセンターの従業員であることを完全に承認した。……だが、ハルタ」
アラトが、タブレットの画面をスワイプしながら、少しだけ表情を引き締めた。
「キュララのゴッドチューブ配信のデータ解析結果だ。昨日のBBQの生配信、異常なトラフィック(アクセス数)を記録している。特に『天界』からのアクセスが急増しているぞ」
「天界から?」
「ああ。神々にとって、借金まみれでマグローザ漁船行き寸前だったルチアナが、なぜか下界で最高級の肉を食って笑っている姿は、極めて『目障り』に映るはずだ。……厄介な客が、来るかもしれないぞ」
俺は腕を組み、店の入り口の自動ドアを見つめた。
厄介な客だろうが、クレーマーだろうが、関係ない。
ここは俺の店だ。従業員を守り、客には真っ当な商品を売る。それだけのことだ。
「上等だ。どんな神様が来ようが、店のルールに従ってもらうだけさ」
俺はタローマンのロゴが入ったサンバイザーを目深に被り直すと、店内に向かって「いらっしゃいませ!」と響くような声を張り上げた。
◆
――その頃。
アナスタシア世界を遥か上空から見下ろす、『月の世界』。
荘厳な大理石の宮殿の奥深くで、一人の女神が、金糸の刺繍が施されたクッションをギリギリと力任せに引き裂いていた。
「……あぁっ、ムカつく! ムカつくムカつくムカつくぅぅぅっ!!」
月の女神、カグヤ。
永遠の17歳(自称)にして、ハイブランドのドレスに身を包んだ絶世の美女。
だが今の彼女の顔は、嫉妬と怒りで夜叉のように歪んでいた。
彼女の目の前には、空中に投影された『エンジェルスマホ』の画面があり、そこには昨晩のポポロ村でのBBQ配信のアーカイブが映し出されていた。
『お肉、最高ぉぉぉっ! ハルタ、明日も頑張って働くからね!』
画面の中で、肉の脂で口の周りをテカテカにしながら満面の笑みで笑う、ルチアナの姿。
「あの泥棒猫……っ! 借金で首が回らなくなって、天界の回収部隊に連行されたはずなのに……なんで下界で、あんなに楽しそうにしてるのよぉぉっ!」
カグヤはギリッと爪を噛んだ。
ルチアナを憎むのには、理由がある。
実はカグヤ自身も、最近ゴッドチューブのPV率が伸び悩み、信者からの献上品(仏の御石の鉢や、火鼠の裘など)を質屋に売り飛ばしてはルナミス帝国でギャラ飲みに明け暮れるという、破滅的な生活を送っていたのだ。
彼女のエンジェルスマホにも、すでにリボ払いの『黄色い警告書』が届き始めている。
自分が苦しい時に、ライバルが幸せそうにしていることなど、神のプライドが絶対に許さなかった。
「『ホームセンター・タローマン』……。聞いたわ。あの忌々しいルナミス帝国で、地球の知識を使ってのし上がったっていう、生意気な元社畜の店……!」
カグヤは、クローゼットから一番高価なドレス(※質屋のタグは切り取ってある)を取り出し、バサァッ! と身に纏った。
「決めたわ。私が直々に下界に降りて、あのホームセンターとやらを視察(という名目で乗っ取り)してあげる。あわよくば、あの店長を手なずけて、私専用のパトロン(ATM)にしてやるんだから!」
月の女神の瞳に、黒い欲望と強烈なマウント精神が宿る。
「待ってなさいルチアナ! あんたのその幸せそうな顔、私が絶望に染め上げてやるわよぉぉっ!!」
高笑いと共に、月の世界から一筋の光が、ポポロ村へと向けて撃ち下ろされた。
理不尽な天界のトラブルは終わらない。
だが、どんな厄介な神が降臨しようとも、神城春太の『ホームセンター』と、その仲間たち(ヤンデレ月兎、強欲人魚、天然エルフ、ポンコツ女神)が織りなす圧倒的なインフラと物理の力の前に、無傷で帰れる者など存在しないのだ。
異世界のドタバタ開拓&店舗運営コメディ。
今日もタローマンは、絶賛・年中無休で営業中である!
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「天界の黒服を物理と防犯グッズでボコボコにするの最高!」「リーザの強欲っぷりと茹で卵の優しさに泣いた!」「ルチアナ様、時給800円のバイトお疲れ様ww」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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