EP 7
防犯コーナーの真価――魔法無効の絶対バリアを貫く『現代物理』
『対象の周囲に障害物を確認。これより、天界の執行を妨害するイレギュラーを排除する』
ホームセンター・タローマンのバックヤード。
無機質なシステム音声のような宣言と共に、三人の漆黒の取り立て屋(黒服)たちが、重々しい足音を鳴らして前進を開始した。
彼らの周囲には、ルナの最高位の自然魔法すら塵一つ残さず消滅させた紫色の『絶対回収バリア』が展開されている。
「ひぃぃっ! 来る、来るわぁぁっ!」
ルチアナが頭を抱えて悲鳴を上げる。キャルルやリーザたちも、未知のバリアの前に手出しができず、息を呑んで見守ることしかできない。
だが、俺とアラトの顔に焦りは微塵もなかった。
「ハルタ。奴らの歩幅、体重移動のベクトル、そしてバリアの展開半径の計算が完了した。……まずは、足元から崩すぞ」
アラトはエプロンのポケットから、ホームセンターの資材館で調達した特大の『工業用シリコン潤滑剤(スプレー缶)』を二本取り出した。
彼はそれを両手に構えると、黒服たちが歩を進めようとしている前方の床面に向かって、凄まじい勢いでスプレーを噴射した。
シューーーーーッ!!
『……無駄な抵抗を。そのような霧状の攻撃など、バリアの前には――』
先頭の黒服が、冷酷に言い捨てて足を踏み出した、その瞬間。
バリアは潤滑剤の霧をまったく弾くことなく、そのまま床への付着を許した。
ズルルッ!!
『なっ……!?』
巨漢の黒服の足が、摩擦係数ゼロとなった床で見事に滑り、その巨体が空中で無様な放物線を描いた。
ドッシャァァァァン!! という轟音と共に、2メートル超えの筋肉の塊がバックヤードの床に激突し、もがき苦しむ。
『馬鹿な!? なぜバリアが発動しない!?』
後続の黒服たちが驚愕の声を上げた。
「愚問だ」
アラトがイチゴ味の飴玉をガリッ!と噛み砕き、鼻で笑う。
「さっきも言ったはずだぞ。貴様らのバリアは『魔力』や『闘気』といった未知のエネルギーにのみ反応するポンコツ仕様だ。私が撒いたのはただの『化学合成された油』。そして貴様らが転んだのは、ただの『物理法則(摩擦の喪失)』だ。魔法ではないものに、魔法のバリアが反応するわけがないだろう」
『ば、莫迦な……! 我々天界の絶対システムが、ただの油で破られるだと……!?』
狼狽える黒服たち。
「よし、アラト、完璧だ。次は俺の番だな」
俺は防犯ロッカーから取り出した、鮮やかなオレンジ色の『防犯カラーボール』を両手に構えた。
コンビニやホームセンターのレジ裏に必ず置いてある、強盗や万引き犯に投げつけてマーキングするためのアレだ。
だが、今回俺が手にしているのはただのカラーボールではない。
「ルナ。お前が昨日、『ポポロ村の害獣除けに』って作ってくれたあの果汁。ちょっと防犯ボールの中に詰め替えさせてもらったぞ」
「あら! 『ハッピー・ドリーム』の超濃縮果汁ですわね! あれは強烈な催眠作用と、三日三晩取れない強烈な悪臭を放ちますから、取り扱いには注意してくださいませね!」
ルナが朗らかに答えるのを聞きながら、俺は床で滑って体勢を崩している黒服たちに向かって、渾身の力でカラーボールを連続投擲した。
シュガッ! シュガッ!
オレンジ色の球体が、空気を裂いて飛んでいく。
『ええい、小癪な! 魔力のない物理のボールなど、手で叩き落としてくれる!』
黒服の一人が、巨大な腕を振り上げてカラーボールを迎撃しようとした。
だが、奴らは忘れていた。自分たちの足元が、すでにアラトの潤滑剤によって『絶対スリップ領域』と化していることを。
『ぬおっ!?』
腕を振った反動で再び足元を滑らせ、黒服たちは無様にバランスを崩した。
その顔面と漆黒の高級スーツに、オレンジ色のカラーボールが次々とクリーンヒットする。
パシャァァァァンッ!! パシャァァンッ!!
「ぐあぁぁぁっ!? な、なんだこの液体は! 目が、目がァァァァッ!」
「お、おおお悪臭が……!? 腐った生ゴミと獣の排泄物を煮詰めたような……ゴホッ、オエェェェェッ!」
ルナ特製の『超悪臭・催眠果汁』とネオンカラーの塗料が混ざり合った地獄の液体が、黒服たちの顔面を鮮やかに染め上げた。
天界の絶対回収バリアは、ただの「果汁とインクの混合物」を魔力攻撃とは認識せず、完璧にスルーしてしまったのだ。
「ひぃぃぃ……! あ、あの無敵の黒服さんたちが、ゲロゲロに吐きながら床をのたうち回っていますわ……!」
リーザがドン引きしながらその光景を見つめる。
催眠作用と悪臭のダブルパンチで、天界の取り立て屋たちは完全に統制を失い、同士討ちのようにぶつかり合いながらバックヤードを転げ回っていた。
「アラト、奴らをパッケージするぞ」
「了解した」
アラトは背中に担いでいたバズーカのような筒状の機械――『工業用ネットランチャー』を構えた。
これもまた、不審者を傷つけずに捕獲するための純粋な物理防犯ツールである。
ボンッ!!
という圧縮ガスの破裂音と共に、筒の中から頑丈な強化繊維で作られた巨大なネットが射出された。
網の四隅についた重りが遠心力で広がり、床でのたうち回っていた三人の黒服たちを、頭からすっぽりと包み込んでいく。
「ぬぉぉぉっ!? なんだこの網は! 切れん! 力で引きちぎれんぞ!」
「愚問だ。対刃物用の特殊防刃繊維で編み込まれている。お前たちのように図体がデカくて筋力に頼るタイプほど、絡め捕られれば身動きが取れなくなる仕様だ」
ネットの中で団子状態になり、完全に無力化された天界の執行部隊。
俺はゆっくりと歩み寄り、彼らを見下ろした。
『き、貴様ら……! 下界の人間が、天界の執行官をここまでコケにして、タダで済むと思っているのか……! 我々を解放しろ!』
ネットの中でもがきながら、黒服のリーダー格が血走った目で俺を睨みつける。
「タダで済ませるつもりは毛頭ない。お前らが俺の店の床を汚した清掃代と、使わせた防犯グッズの代金、きっちり天界に請求させてもらうからな」
俺は手に持っていた黒い機械――タローマンの防犯ロッカーの奥に眠っていた、最終兵器のスイッチを入れた。
バチバチバチバチィィィィッ!!
青白い閃光が、機械の先端で狂ったように弾け飛ぶ。
『な……っ!? ま、魔法か!? いや、違う! なんだその圧倒的なエネルギーの奔流は!?』
「魔法じゃない。ただの『雷(電気)』だ。しかも出力は、業務用の100万ボルトだ」
そう、俺が手にしているのは、護身用の『超高電圧スタンガン』である。
魔力でも闘気でもない、純粋な物理的電気エネルギー。これこそが、絶対回収バリアを完全に無力化する、現代科学の物理攻撃の極致だ。
「うちの店で万引き(従業員の強奪)を企てた罪は重い。店長として、たっぷりお灸をすえてやる」
俺は、もがく黒服たちを包んでいる防刃ネットに、バチバチと火花を散らすスタンガンの先端を容赦なく押し当てた。
ネットの繊維には金属ワイヤーが編み込まれており、電気を完璧に伝導する仕様になっている。
『ア、ガ、ガ、ガ、ガ、ガァァァァァァァァァァァッ!!??』
100万ボルトの電流が、ネットを通じて黒服三人組の強靭な肉体を一気に駆け抜けた。
バリアをすり抜けた物理的な雷撃は、彼らの神経系を完全にショートさせ、その巨体をビチビチと魚のように跳ねさせた。
「あわわわわわ……!」
その後ろで、ルチアナが恐ろしさのあまりガタガタと震え、キュララは「うわぁ、店長エグい……」と呟きながら配信のカメラを回し続けている。
数秒の電撃照射の後。
俺がスタンガンのスイッチを切ると、黒服たちは口から一筋の白い煙を吐き出し、完全に白目を剥いてネットの中でピクリとも動かなくなった。
気絶。完全なる制圧である。
俺はスタンガンを腰に戻し、バックヤードに立ち込める悪臭(ルナの果汁)を換気扇で逃がしながら、フッと息を吐いた。
「よし。万引き犯の制圧完了だ」
「見事だ、ハルタ。物理と化学の勝利だな」
アラトがエプロンの汚れを払いながら、満足げに頷く。
圧倒的な威圧感を放っていた天界の絶対システム。
だが、それはホームセンターの防犯グッズと、元社畜店長の『知恵』と、相棒の『技術』の前には、ただの図体のデカい的でしかなかったのだ。
「……は、春太さん……。アラトさん……」
ルチアナが、腰を抜かしたまま震える声で俺たちを見上げた。
「……信じられない。あの黒服たちを、血も流さずに、こんな一瞬で……。あなたたち、本当にただの人間なの……?」
「ただの人間で、ただのホームセンターの店長だよ」
俺は、床で痙攣している黒服たちを見下ろしながら、鼻で笑った。
理不尽なルールや、圧倒的な力で誰かを支配しようとする奴には、絶対に屈しない。
それが、俺のやり方だ。
だが、この惨めな姿を晒す天界の執行官たちに、この後「意外な救いの手」が差し伸べられることを、俺はまだ知らなかった。
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