EP 6
天界の取り立て屋と、店長の絶対ルール
「――おい。そいつは今、俺の店のシフトに入ってる従業員だぞ。勝手に連れて行くな」
ホームセンター・タローマンのバックヤード。
空間を切り裂いて現れた天界の取り立て屋――真っ黒なサングラスに漆黒のスーツを纏った三人の巨漢の前に、俺は一歩踏み出し、冷徹に言い放った。
『……下界の人間風情が。天界財務局の強制執行に逆らうというのか』
中央に立つ、ひときわ巨大な黒服が俺を見下ろした。
その巨体から発せられる『神気』とも『威圧感』ともつかないプレッシャーは尋常ではない。空気が鉛のように重くなり、息をするのも苦しいほどの重圧だ。ルナミス帝国軍の歴戦の兵士であっても、このプレッシャーの前には泡を吹いて気絶するだろう。
だが、俺の心は1ミリも揺らがなかった。
「ここは俺の店だ。天界のルールだろうが知ったことか。俺の店の中では、俺の組んだシフトと業務マニュアルが絶対の法律だ。そいつ(ルチアナ)にはまだ、俺に返すツケと明日の品出しノルマが残ってるんだよ」
『馬鹿な。彼女の天界への負債額は100万円を超過している。人間の卑小なツケなど、我々の執行を妨げる理由にはならない』
「ふざけんな。金額の大小じゃない、信用の問題だ。筋を通さずに俺の貴重な労働力をマグローザ漁船とやらに引き抜こうって言うなら、不当な引き抜き行為として徹底的に抗戦するぞ」
俺が全く怯むことなく、むしろ凄みを効かせて睨み返すと、黒服たちはピクリとサングラスの奥の眉を動かした。
「は、春太さん……っ! ダメですわ、相手は本物の天界の執行部隊です! 殺されてしまいますわ!」
壁際に吹き飛ばされたリーザが、悲痛な声を上げる。
ルチアナは完全に腰を抜かし、ガタガタと震えながら俺の背中の芋ジャージをギュッと握りしめていた。
「ハルタ……もういいわ。あんたが怪我したら元も子もないし……。私が、リボ払いなんて悪魔のシステムに手を出したのがいけないのよ……」
「馬鹿野郎。俺はお前を助けるためじゃなく、店長としての責任で動いてるんだ。黙って後ろに下がってろ」
その時、バックヤードの騒ぎを聞きつけたシェアハウスの住人たちが、勢いよく扉を開けて飛び込んできた。
「春太様! 大丈夫ですか!?」
ダブルトンファーを構えたキャルル。
「な、なんだあの黒服! 生配信のカメラのピントが合わないよ!?」
エンジェルスマホを浮かべたキュララ。
「あらあら、招かれざるお客様ですわね! 私がお店からつまみ出して差し上げますわ!」
指先に膨大な自然魔法の光を宿したエルフのルナ。
ルナは一切の容赦なく、世界樹の魔力を込めた極太の茨の鞭を黒服たちに向けて放った。
「自然よ、あの無作法な方々を縛り上げなさい! 『ワールド・バインド』!」
大蛇のような茨が、黒服たちを拘束しようと猛スピードで襲い掛かる。
だが。
バチィィィィッ!!
茨が黒服たちの周囲1メートルの空間に触れた瞬間、紫色の不可視の壁が閃光を放ち、ルナの魔法を塵一つ残さず完全に消滅させてしまった。
「えっ……? 私の魔法が、触れる前に消えましたわ……!?」
ルナが驚愕に目を見開く。
キュララも慌てて光の矢を放つが、結果は同じだった。紫色の壁に触れた途端、何事もなかったかのように掻き消されてしまう。
『無駄だ。我々の周囲には、天界財務局が誇る《絶対回収バリア》が展開されている』
黒服が、無機質な声で冷酷な事実を告げた。
『このバリアは、対象を保護・回収するために、アナスタシア世界に存在するあらゆる「魔力」や「神気」「闘気」の干渉を完全にシャットアウトする。いかなる高位魔法も、聖獣の力も、我々に触れることすらできない』
その言葉に、ヒロインたちは絶望の表情を浮かべた。
魔法も闘気も通じない。まさに神が作った、取り立てのための「絶対防御」のシステムである。キャルルが歯を食いしばり、物理的なカチコミをかけようと足に力を込めるが、バリアの性質が分からない以上、無闇に突っ込めば弾き返されて致命傷を負う可能性があった。
「……終わったわ。絶対回収バリアを出されたら、もう誰も逆らえない……」
ルチアナは完全に心が折れ、ボロボロと涙を流し始めた。
「ハルタ……短い間だったけど、雇ってくれてありがとう。お弁当、すごく美味しかったわ。もし、地球に行くことがあったら……朝倉月人君に伝えて……『マグローザ漁船から、ずっと応援してる』って……」
ルチアナが、死地に向かう兵士のような悲壮な顔で、俺の背中から手を離し、黒服の方へと歩み出そうとした。
ガシッ。
俺は、ルチアナの芋ジャージの襟首を乱暴に掴み、強引に後ろへと引き戻した。
「勝手に退職届を出した気になってんじゃねえぞ。店長の俺は、まだ受理してない」
「ハ、ハルタ……? でも、魔法が一切通じないのよ!? あんたのホームセンターの物資だって、あのバリアの前じゃ――」
「おい。アラト」
俺はルチアナの言葉を遮り、ずっと背後でタブレットを叩き続けていたエプロン姿の相棒に声をかけた。
「あのバリアの構造。解析できたか?」
「愚問だ」
静寂に包まれたバックヤードに、アラトがイチゴ味の飴玉をガリッ!と噛み砕く、不敵な音が響き渡った。
彼はタブレットの画面を俺に向けながら、鼻で笑う。
「ハルタ。奴らの言う《絶対回収バリア》とやらだが、システムエンジニアの観点から言わせてもらえば、ただの欠陥だらけのポンコツファイアウォールだ」
『……なんだと? 人間風情が、天界のシステムを愚弄するか』
黒服たちがピクリと反応する。
アラトは構わず、スラスラと解説を始めた。
「いいか。あのバリアは『魔力』『神気』『闘気』という、この異世界の未知のエネルギーベクトルの干渉を検知し、相殺するようにハードコーディングされている。……だが、それゆえに重大な脆弱性がある」
俺はニヤリと口角を上げた。
「要するに?」
「特定のエネルギーのみを弾くようにチューニングされすぎている。つまり、純粋な『物理的運動エネルギー』や、地球の『化学物質』に対しては、フィルターが一切機能しない。ザルも同然だ」
アラトのその言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で、完璧な殲滅のシナリオが組み上がった。
魔法が通じない? 闘気が弾かれる?
結構なことだ。
ここは剣と魔法のファンタジー世界じゃない。俺の城、『ホームセンター』のバックヤードだ。魔法なんて不確かなものに頼らなくても、理不尽な暴力をへし折るための「現代の知恵と道具」なら、売るほどある。
『……戯言を。ならば、その身をもって天界の壁の硬さを知るがいい。抵抗する者は、障害物として排除する』
黒服たちが、アタッシュケースを構え、地響きを立てながら俺たちに向かって制圧の前進を始めた。
「下がってろ、お前ら」
俺はヒロインたちを後ろに下げさせると、バックヤードの隅に設置してあった『防犯・防災用品ロッカー』をバンッ!と蹴り開けた。
「アラト。相手は俺たちの貴重な労働力を奪おうとする、悪質な万引き犯(バイト強奪犯)だ」
「ああ。被害額(ルチアナの将来の労働価値)を考えれば、重罪だな」
俺はロッカーの中から、見慣れたオレンジ色の球体と、鈍い光を放つ黒い機械を取り出し、アラトに目配せをした。
「タローマンの業務マニュアル第7章・『悪質な店舗荒らしへの対応』を実行する。魔法は一切使うな。物理と化学の力で、あの黒服どもを完全に制圧するぞ」
「承知した」
俺とアラトは、神のバリアを前にして一歩も引くことなく、現代日本の『防犯グッズ』を手に、無慈悲な殲滅戦の口火を切った。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




