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ダンジョン詐欺


『そういえば、ダンジョンから戻ってこないと言っておったな。よければ、その時のことを詳しく聞かせてはくれぬか』


 フェルが静かに尋ねた。


「……僕たち家族、もともとはスヨロ村っていう小さな村で暮らしてたんだ。でも、母さんが弟たちを身ごもった頃――サラトリア大公国に、“ティアワン”のダンジョンが出現してね」


 スコルは遠くを見るような目で語り始めた。


 ダンジョンには様々な種類が存在するが、一般的にはティアスリーからティアワンまでの三段階に分類されている。


 ティアスリーは地下数階層ほどの小規模ダンジョン。

 ティアツーは十階層前後の中規模ダンジョン。

 そしてティアワン――それは地下五十階層を超える、超巨大ダンジョンだ。


 特にティアワンが出現した場合、その影響は一国に留まらない。


 未踏破階層に眠る財宝、古代魔導器アーティファクト、未知の素材を求め、大陸中から冒険者や商人、貴族たちが押し寄せる。やがて周辺には無数の店や宿が建ち並び、一つの都市が形成されるほどだ。


 人々はそれを、“ダンジョン都市”と呼んでいる。


「母さんが子供を身ごもったことで、家計も厳しくなってさ。父さんは一攫千金を狙って、“ダンジョン講”に参加することにしたんだ」


 スコルはそう言って、小さく拳を握った。


 ダンジョン講――それは、危険なダンジョン遠征のために作られた共同出資制度だ。


 挑戦者たちは遠征費を出し合い、ときには商人や貴族から資金提供を受ける。そしてダンジョンで得た財宝や素材を、出資割合に応じて分配するのである。


 命懸けではあるが、成功すれば一夜で人生が変わる。だからこそ、多くの者が夢を見て、ダンジョンへ挑むのであった。


「それで……父さんがダンジョンへ向かうことになったんだけど、ティアワンは一度潜れば、何週間……いや、月単位で戻らないこともあるらしくてさ」


 スコルはぽつりぽつりと語り続けた。


「父さんの兄――僕にとっては叔父さんだけど、その人がマルビで仕事をしてたんだ。『おまえたちはこっちで暮らせ』って言ってくれて……それで僕と母さん、それに生まれたばかりの弟たちで、マルビへ引っ越してきた」


 そこでスコルは、少しだけ目を細めた。


「……本当に、優しい人だったよ。血のつながりなんて関係ないって感じでさ。僕たちのこと、自分の家族みたいに面倒見てくれてた」


 だが、その声は次第に沈んでいく。


「でも、引っ越して二年くらい経った頃かな……流行病が広がったんだ。

最初はただの風邪だって、みんな言ってた。でも、あっという間に広がって……母さんと叔父さんも倒れて……」


 スコルは唇を噛み、うつむいた。


「……そのまま、二人とも……」


 短い沈黙が落ちた。


「父さんは、今もダンジョンへ行ったきりだ。手紙もないし、誰かに伝言を頼んだって話も聞かない。……たぶん、もう――」


 そこまで言いかけて、スコルは言葉を飲み込んだ。


 だが、その続きを口にしなくとも、フェルには十分伝わっていた。


『そうか……母君と叔父君のことは、痛ましい話だな……』


 フェルは低く呟き、しばし沈黙した。


 やがて、何かを考えるように尋ねた。


『父君からは、その後まったく連絡がないのだな? 冒険者ギルドには問い合わせたのか』


「うん。一応、聞きには行ったよ。でも父さんが参加した“ダンジョン講”は、現地の商会が独自に開いたものだったらしくてさ。ギルド非公認だから、詳細は把握してないって言われた」


 スコルは悔しそうに拳を握った。


『……やはり、そういう類か』


 フェルの声音がわずかに冷たくなる。


『ギルド非公認のダンジョン講は、取り分が大きいことで知られておる。成功すれば莫大な利益を得られるゆえ――特に、金に困っておる冒険者ほど飛びつきやすい』


『だが、その裏で――冒険者を食い物にする輩も多いのだ』


「食い物に……?」


 スコルの顔が強張る。


『父君に何かあったのであれば、本来なら商会から家族へ連絡が来るはずだ。それすらないとなると……“ダンジョン詐欺”の可能性が高いな』


「ダンジョン詐欺……!?」


 スコルは思わず声を上げた。


 フェルは静かに頷く。


『昔から絶えぬ悪辣な手口だ。特に、経験の浅い低ランク冒険者が狙われる』


『冒険者は未熟者であっても、一般人より遥かに強いマナを扱える。肉体も頑強で、危険地帯での作業にも耐えうるからな』


 そこでフェルの思念が、僅かに鋭くなる。


『ゆえに、甘い話で集め、呪法で縛り――奴隷として使い潰すのだ』


 場の空気が、一瞬で冷え込んだ気がした。


「そ、そんなこと……本当にあるの……?」


 スコルの声は震えていた。


『珍しい話ではない。鉱山、遺跡発掘、禁呪の実験場……表に出せぬ場所では、そうした“消えた冒険者”が都合よく使われることもある』


 フェルは低く唸るように言った。


『ティアワンともなれば、なおさらだ。欲に目がくらんだ者は、人の命など銅貨ほどにも思わぬ』


「じゃあ……父さん、生きてるかもしれないの!?」


 スコルは身を乗り出すようにして叫んだ。


 フェルはすぐには答えず、しばし考え込む。


 そして、静かな念が返ってきた。


『断言はできぬ。だが……調べる価値は十分にある』


『父君がダンジョンへ向かったのは、いつ頃だ?』


「弟たちが今六歳だから……六年くらい前になるかな」


『……そうか』


 そこでフェルの思念が、わずかに沈んだ。


『実はな、ワシはかつてウルミアと共に、奴隷にされた冒険者たちを何度か救い出したことがある』


「えっ……」


『その者たちから聞いた話だが、奴隷にされた冒険者は、極めて過酷な環境で働かされるらしい。危険な採掘、魔物討伐、呪法実験……その上、マナを強制的に酷使され続ける』


 フェルには、わずかな怒気が滲んでいた。


『ゆえに、五年……長くとも十年ほどで命を落とす者が多いそうだ』


 スコルの顔から血の気が引く。


『もし父君が生きているなら――調べるなら早い方がよい』


 その言葉に、スコルは強く唇を噛んだ。


「……どれくらいで行ける?」


『一年……いや』


 フェルの念が、僅かに力を帯びる。


『お主なら、半年もあれば辿り着けるかもしれぬ』


「半年……!」


『無論、そのためには強くならねばならん。生半可な力で踏み込めば、救出どころか、お主まで捕らえられて終わりだ』


 だがスコルの瞳には、すでに迷いはなかった。


「――よし!」


 スコルは勢いよく顔を上げる。


「半年以内に強くなる! そして、父さんを探しに行くよ!」


 その声には、先ほどまでの弱々しさはなかった。


 スコルの中で失われかけていた希望が、再び胸の奥に灯り始めていた。



『では父君のためにも、もうひと稼ぎしようではないか』


 とフェルが言った。


「装備も整えたいしね」


 スコルは頷き、再び森へ足を踏み入れた。


 湿った土の匂いと、木々のざわめきが耳にまとわりつく。


『……右前方、茂みの奥だ。小型が二体おる』


 フェルの声が頭の中に響く。


 スコルは気配を殺しながら進み、低木の隙間から獲物を覗き込んだ。


 そこには、茶色の毛並みをした牙ネズミが落ち葉を漁っていた。


「……っ!」


 地を蹴る。


 一気に距離を詰め、振り下ろした剣が一匹目を斬り裂く。もう一匹が飛びかかってくるが、スコルは反射的に身を捻り、そのまま横薙ぎに切り払った。


『うむ、動きが良くなっておるな。筋肉強化にも慣れてきたか』


「前より身体が軽い気がする!」


 スコルは息を弾ませながら笑った。


 その後も、フェルが索敵し、スコルが仕留める流れは続いた。木の上から飛びかかってくる黒猿を叩き落とし、毒針を持つ大蜥蜴を仕留める。


 時には獣道を静かに這い、時には全力で駆けた。魔物を探して森を歩き回るだけでも、本来なら半日仕事だ。


 だがフェルの索敵能力のおかげで、無駄なく獲物を見つけられている。


 気づけば、背負い袋は膨れ上がっていた。どれも小物ばかりではあったが、二十を超える魔物を討伐していた。


『ふむ、十分であろう。ではまた解体屋へ行くか』


「うん!」


 スコルは汗を拭いながら、街へ戻った。


 解体屋へ入ると、店主が目を丸くした。


「おいおい、もう戻ってきたのか。……って、またとんでもねえ量だな」


「小物ばっかりですけど、お願いします」


 スコルが苦笑しながら袋を下ろす。


 店主は中身を見て、呆れたように口笛を吹いた。


「いや、小物だろうが、これだけ狩るのは簡単じゃねえぞ。普通のなら数匹でへばる」


 そう言いながら店主は手際よく査定を進めていく。


 やがて、カウンターに銀貨が積まれた。


「全部で銀貨八枚と銅貨十枚だ」


「ありがとうございます!」


 金を受け取り、スコルは解体屋を後にした。


「数はシマクレストの倍くらい狩れたけど、売値は五分の一くらいだったね」


 とスコル。


『まあ、そのようなものであろうな。小物は数を狩れても、一匹ごとの価値は低い』


 フェルの索敵能力がなければ、ここまで狩ることすら難しかっただろう。冒険者稼業は、決して甘くないのだ。


「もっと森の奥まで行ければ、高く売れる魔物もいるんだろうけど……今の僕じゃ、まだ無理かな」


『たしかに森の奥には高値の獲物も多いだろうな。だが、今はこれで十分だ。今日だけで、すでに金貨一枚分は稼いでおる。初陣としては大成功ではないか』


「ほんとだ……! そういえば銀貨五十枚以上稼いでる!」


 スコルの口元が嬉しそうに緩む。


『じきに日も沈む。今日はそろそろ戻るとしよう』


「うん。その前に、弟たちにお土産買って帰るよ」


 スコルはそう言って通りの店へ向かい、ミルクと、くるみ入りのクッキーを買い込んだ。


 袋から漂う甘い香りに、自然と頬が緩む。弟たちが喜ぶ顔を思い浮かべながら、スコルは夕暮れの街を家路へと歩き出した。


 すると、町の出入り口のほうから、幼い少女の泣き声が響いてきた。


「どなたか、アシネ村へ行く人はいませんか!? お願いです、アシネ村へ……!」


 少女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に叫んでいる。


 その姿を見かねたスコルは、人混みを抜けて少女に近づいた。


「どうしたの?」


 少女はびくっと肩を震わせ、潤んだ瞳でスコルを見上げた。


「アシネ村に行きますか……? 今日中に、お姉ちゃんに薬を飲ませないとだめなんです……!」


 小さな両手には、大事そうに薬袋が抱えられていた。


 すると、近くにいた上品な身なりの淑女がため息交じりに口を挟む。


「この町の人間で、アシネ村に向かう者なんていないよ。悪いことは言わないから、今日は宿に泊まって、明日の朝に帰りなさい」


 空を見上げれば、すでに夕日が赤く傾き始めている。日が沈めば、街道には魔物が現れる。


 どうやら少女は、病気の姉のために薬を買いに来たものの、帰る足を失ってしまったらしい。


「その村って、どれくらい遠いの?」


 スコルが尋ねると、淑女が代わりに答えた。


「馬でも一時間はかかるよ。それに、あの村の周辺は魔物が多いって有名なんだ。こんな小さな子が戻れる場所じゃない」


『馬で小一時間か。お主なら遠くはないな』


 フェルの念話が頭に響く。


 スコルは少し考え、フェルに尋ねた。


「行ってもいい?」


『好きにしろ』


 スコルは少女へ向き直り、にこりと笑った。


「じゃあ、僕が送っていくよ」


「……ほんとに!?」


 少女の表情が明るくなる。


「お願いしますっ!」


 だが、淑女は呆れたように眉をひそめた。


「あんた、帰れなくなるよ?」


「僕なら大丈夫ですよ」


 スコルはそう言って笑った。



 やがて二人は町を出て、夕暮れの街道へ向かった。


「村の場所、教えてくれる?」


「はい。この道をずっと南に行って、小川を渡った先を右です。そこに小道があるので、それを進めば村があります」


 少女は一生懸命説明した。


『スコルよ、スキルはあまり人目に晒すでない。それと、その娘にも口外せぬよう釘を刺しておけ』


 とフェルが慎重な口調で言った。


 街道に出ると、スコルは背負い袋を軽く叩いた。


「じゃあ、この袋に入る? ちょっと獣臭いかもしれないけど」


 少女はきょとんとした後、おずおずと袋の中へ入った。


「……うん、平気」


 くぐもった声が返ってくる。


 スコルは周囲を見回し、人影がないことを確認すると、小声で言った。


「これからスキルを使うんだけど、このことは誰にも話さないでね」


「わかった。絶対に言わない」


 少女は真剣な声で答えた。


 それを聞き、スコルは口元を緩める。


「じゃあ、しっかりつかまっててね」



 ――スキル、牙王疾風ファングロード・ゲイル


 次の瞬間、風が唸り、草木が激しく揺れ、スコルの身体が弾けるように駆け出した。



「うわああああっ!?」


 袋の中から少女の悲鳴が響く。


 だが、その声は恐怖だけではない。まるで空を飛んでいるかのような疾走感に、どこかはしゃいでいるようでもあった。


 スコルは街道を風のように駆け抜ける。


 やがて前方に小さな石橋が見えてきた。スコルは速度を緩め、立ち止まった。


「この橋を渡った先の小道で合ってる?」


「う、うん……!」


 少女はまだ目を回しながら答えた。スコルは再び地を蹴る。狭い小道を、木々を縫うように駆け抜けていく。



 そして――。


 森が開けた先に、小さな村が見えた。


 夕日に染まった村を間近で見た瞬間、スコルは思わず息を呑んだ。


「……っ」


 そこにあったのは、“村”と呼ぶにはあまりにも荒れ果てた光景だった。家屋の多くは崩れ落ち、焼け焦げた柱だけが虚しく突き出ている。


 畑は踏み荒らされ、柵は壊れ、人気もほとんどない。まるで滅びた廃村のようだった。


 その光景を見て、スコルはようやく理解した。――『この町の人間で、アシネ村に向かう者なんていないよ』


 淑女が口にした言葉の意味を。


 その時、一軒のボロ屋の扉が開き、一人の女が慌てた様子で飛び出してきた。


「お婆ちゃん!!」


 少女が叫ぶ。


 スコルはすぐに背負い袋を下ろし、少女を地面へ降ろした。


「サラかい!? 無事だったのかい、心配してたんだよ!」


 女は涙ぐみながらサラを抱きしめた。


「このお兄ちゃんが送ってくれたんだよ!」


 サラが嬉しそうに言う。


「……本当ですか?」


 女は驚いたようにスコルを見た後、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」


「お姉ちゃんに薬飲ませなきゃ!」


 そう言ってサラは、大事そうに抱えていた薬袋を胸に抱きしめる。


「お兄ちゃん、送ってくれてありがとう!」


 満面の笑みを浮かべ、サラは家の中へ駆け込んでいった。


 スコルは静かに村を見渡した。


 崩れた家。捨てられた荷車。風に揺れるだけの空っぽの畑。


 胸の奥が、少しだけ重くなる。


「驚くのも無理はないねぇ……こんな村じゃ」


 女が寂しそうに呟いた。


「近くにゴブリンの巣ができてね。なんどか村が襲われたんだよ」


 女は荒れ果てた村を見ながら続ける。


「若い者や、金のある連中はみんな出ていった。……でも、私たちには行く当てもなくてねぇ。この村に残るしかなかったのさ」


「そうだったんですか……」


 スコルは言葉を失った。


「本当なら礼の一つでもしたいんだけど、見ての通り、もう何も残っちゃいない」


 女は力なく笑う。


「ゴブリンだけなら、なんとか畑を守って暮らしていけたんだけどねぇ……最近はもっと厄介なのまで現れるようになったんだ」


「厄介な魔物?」


「白い狐さ」


 女の顔が曇る。


「馬ほどもある大きな白狐が、時々山から降りてきてね。畑の野菜や果物を食い荒らしていくんだよ。おかげで、残ってた作物まで駄目になっちまって……」


 女は小さく息を吐いた。


「……いよいよ、この村も終わりかもしれないねぇ」


『白い狐の魔物だと!?』


 突然、フェルの声が響く。


『スコル、その話を詳しく聞け』


「白い狐の魔物について、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」


 スコルが尋ねると、女は頷いた。


「真っ白な毛並みでねぇ……目だけが青く光ってるんだ。大きさは馬くらい。足音もなく現れて、畑を荒らしたら、また山へ消えていく」


『……フフッ』


 その話を聞いた瞬間、なぜかフェルが低く笑った。


『なんとかできるかもしれぬな。明日また来るから、もっと詳しく話を聞かせてくれと言え。……もうすぐ日も落ちる。弟たちも待っておるだろうし、今日は戻るぞ』


 フェルの言葉に、スコルは頷き、


「明日、また来ます。その白い狐のこと、もっと詳しく聞かせてもらえませんか? ……もしかしたら、なんとかできるかもしれないので」


 女は驚いたように目を見開いた。


「退治してくれるのかい? それはありがたいけど……うちはもう、お礼なんてできるような状態じゃなくてねぇ」


 申し訳なさそうに頭を下げる女に、スコルは慌てて首を振った。


「そんなの気にしないでください」


 そして、ふと思い出したように袋を開ける。


「あ、そうだ。よかったら、これ食べてください」


 スコルは買ってきたミルクと、くるみ入りのクッキーを差し出した。


 女は目を丸くする。


「……くれるのかい?」


「はい」


 女は震える手でそれを受け取った。


「ありがとう……。娘たち、きっと喜ぶよ」


 その声は、どこか泣きそうだった。


「じゃあ、また明日来ますね」


 スコルは笑顔で手を振り、村を後にした。


 夕闇に沈み始めた道を走りながら、フェルがぽつりと呟く。


『良い行いはしてみるものだな』


「え? なんで?」


 スコルが首を傾げる。


『馬ほどもある白い狐、と言っておっただろう。だが、その魔物の生息域は大陸北西部。この辺りに現れるはずがない』


「じゃあ、別の魔物なの?」


『おそらくは“カマカゼイタチ”だ』


 フェルは続けた。


『風のような速度で動く大型の魔物でな。通常は黒い毛並みをしておる。だが、ごく稀に白化した個体――アルビノが生まれるのだ』


「それがどうしたの?」


『カマカゼイタチのアルビノ個体の毛皮は、古来より神獣の使いとして珍重されておる。貴族や王族の間では護符として扱われるほどだ。少なく見積もっても金貨数枚にはなるだろうな』


「……金貨!?」


 スコルは思わず声を上げた。


『それに、カマカゼイタチはたいした魔物ではない。ただ、異常に素早いだけだ。今のお主なら十分仕留められるであろう』


 フェルはどこか愉快そうに笑った。


 スコルはしばらく呆然としていたが、ふと何かに気づいたように立ち止まる。


「あっ……」


『どうした?』


「ミルクとクッキー、あげちゃった」


『……別に構わぬだろう』


「弟たちには、お金がなくて、たまにしか買ってあげられなかったから……、

今日はたくさん稼げたんだ。だから絶対、買って帰らないと!」


 そう言うや否や、スコルは街へ向かって駆け出した。そのまま店に飛び込み、ミルクとくるみ入りのクッキーを買い直す。


 そして、袋を抱えながら、スコルはどこか嬉しそうに家路へついた。



 家の扉を開けると、薄暗い部屋の奥から小さな足音がぱたぱたと響いてきた。


「お兄ちゃんだ!!」


「おかえりー!!」


 弟たちが勢いよく飛びついてくる。


 スコルは思わず笑って、二人の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「ただいま。ちゃんといい子にしてた?」


「してた!」


「今日はね、森でいっぱい頑張ったんだぞ!」


 弟たちは口々に話しながら、スコルの背負い袋を興味津々に覗き込む。


 すると、ふわりと甘い香りが漂った。


「あっ……!」


 年下の弟が目を丸くする。


「クッキー!?」


「ミルクもある!!」


 二人の目が一瞬で輝いた。


 スコルは笑いながら袋を開ける。


「今日はたくさん稼げたから、お土産だ!」


「やったぁぁ!!」


 弟たちは飛び跳ねるように喜んだ。


 小さな机にミルクを並べ、くるみ入りのクッキーを分ける。


 弟たちはまるで宝物でも扱うように、大事そうにクッキーを手に取った。


「おいしい……!」


「甘いっ!」


 頬いっぱいにクッキーを詰め込みながら、二人は幸せそうに笑う。


 その顔を見ているだけで、スコルの胸の奥がじんわり温かくなった。


 そして眠る弟たちをしばらく見つめた後、小さく息を吐く。


『随分と良い顔をするではないか』


 フェルが静かに言った。


「……うん」


 スコルは小さく笑った。


「この顔が見られるなら、頑張った甲斐があるよ」


 そう呟きながら、スコルも壁にもたれるように横になる。


 今日一日の疲れが、一気に押し寄せてきた。


 魔物との戦い。


 初めての大金。


 荒れ果てたアシネ村。


 そして、“白い狐”。


 様々な光景が頭をよぎっていく。


『明日は忙しくなりそうだな』


「……そうだね」


 スコルは目を閉じた。


 弟たちの寝息を聞きながら、スコルはゆっくりと眠りへ落ちていった。




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