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魔法剣士

 翌朝、スコルは昨日万屋で手に入れた『パン焼き魔女の覚え書き』というパン作りの入門書をエマに差し出した。


「エマちゃん、これ。万屋で見つけたんだ。よかったら読んでみて」


 エマは本の表紙を見るなり、目を輝かせた。


「これって、一番有名なパン作りの本ですよね! ずっと欲しかったんです。本当にありがとうございます!」


「そっか。喜んでもらえてよかった」


 スコルが笑うと、エマも嬉しそうに本を胸に抱きしめた。


「じゃあ今日は、美味しいパンを焼いて待っていますね」


「ありがとう。でも今日は、ちょっと遠くまで行く予定なんだ。帰りが遅くなるかもしれない」


 そう言ってから、スコルは安心させるように微笑んだ。


「でも心配しなくていいからね」


「そうですか。気をつけて行ってきてくださいね」


 エマは少し名残惜しそうにしながらも、笑顔で見送り、スコルは家を後にした。


『ハヌンのことは話さぬのだな』


 とフェルが尋ねる。


「うん。形見の腕輪を取り戻してから話そうと思ってるんだ。それに、まだ僕自身がハヌンを見たこともないしね」


 スコルは朝日に照らされた街道へ視線を向けた。


「知らない町のことを説明したって、みんなを不安にさせるだけだからさ。まずは自分の目で見て、それから話したいんだ」


『なるほどな。確かに、その方がよいかもしれぬ』


 フェルは納得したように答えた。


 スコルは小さくうなずくと、街道へ向かって歩き出した。



「じゃあ、ハヌンへ向けて出発だ」


「――牙王疾風ファングロード・ゲイル


 スコルがスキルを発動すると、身体を風が包み込み、その姿は矢のように街道を駆け出した。


 マルビの町から王都ハヌンまでは、馬車で丸二日を要する長旅である。


 しかしスコルは、いくつもの町を通り過ぎ、山を越え、森を抜けながら、驚異的な速度で走り続けた。


 数時間後――。


 左手には、空の青を映した広大な湖が姿を現した。


「わぁ……」


 思わずスコルは感嘆の声を漏らす。


 王都の名の由来にもなった巨大な湖――ハヌン湖である。


 さらにその向こう、右手には巨大な台地がそびえ立ち、その上には途方もなく大きな城下町が築かれていた。


 王都ハヌン。


 天然の断崖に守られた要塞都市。


 その規模はマルビの町が百個入ってもなお余るほどであり、街の中心には威容を誇る王城がそびえ立っていた。


「これが……ハヌンか。すごい……」


 スコルは思わず足を止めた。


 初めて目にする大都市の光景に、胸が高鳴る。


『うむ。千年前から変わらぬ姿よ』


 とフェルがどこか懐かしそうに言った。


 だがその直後、スコルの身体がふらついた。


「うっ……なんだろう。頭がくらくらする……」


 額を押さえながらスコルが呟く。


『マナ切れだな』


 フェルは落ち着いた口調で答えた。


『この距離を走り続けたのだ。当然といえば当然だな』


「そっか……」


『慌てる必要はない。マナポーションがあるだろう。そのために用意したのだから、惜しまず使うがよい』


「なるほど。準備って大事なんだね」


 そう言いながら、スコルは収納からマナポーションを取り出し使用した。



『では、この西門から入るとするか』


 とフェル。ハヌンには東西南北にそれぞれ巨大な城門が設けられている。


 都市そのものが広大な台地の上に築かれているため、門をくぐると緩やかな上り坂がしばらく続いていた。


 スコルは行き交う人々の流れに混じりながら、王都の中へ足を踏み入れる。


 ハヌンは南北に少し長い楕円形をした巨大都市である。


 その中心部には、“パレス・コア”と呼ばれる王宮・聖域区が存在した。


 王城をはじめ、御前広場や大聖堂、高位貴族たちの別邸が立ち並ぶ、まさに国の中枢である。


 巨大な防壁に囲まれたその区域は、王国の心臓部とも呼ぶべき場所だった。


 そしてパレス・コアを取り囲むように広がるのが、“マーケット・ロー”と呼ばれる商業区である。


 大市場、冒険者ギルド、学校、商館、大衆酒場、宿屋街、鍛冶屋通りなどが集まり、昼夜を問わず人と物が行き交う王都最大の賑わいを見せる区域だ。


 さらに、その外側には“ハビタット”と呼ばれる広大な住宅区が広がっている。


 都市の外壁に沿うように形成された最も広い区域であり、王都の住民の大半がここで暮らしていた。


 つまりハヌンは、


 王宮・聖域区である“パレス・コア”、


 商業区である“マーケット・ロー”、


 住宅区である“ハビタット”、


 この三つの区域が同心円状に重なる構造となっている。


 上空から見れば、まるで巨大なドーナツのような形をしていた。


 そして、この構造はハヌンだけのものではない。


 大陸に存在する大都市の多くが、王都ハヌンと同様の都市設計を採用している。



「職業の洗礼って、どの教会でも受けられるの?」


 とスコルが尋ねた。


『うむ。ハヌンには数多くの教会がある。基本的には、どの教会でも洗礼を受けられるはずだ』


 フェルが答える。


『この先へ進めば商業区に入る。教会の一つや二つ、すぐに見つかるだろう。そこで洗礼を受ければよい』


「そっか」


 スコルはそう答えると、教会を探して辺りを見回した。


 その時だった。


 ふと振り返ったスコルの目に、思わず息を呑むような光景が飛び込んできた。


 王都の台地の向こうには、陽光を受けてきらきらと輝くハヌン湖が広がっている。


 さらにその先には、白銀の雪を頂いた山々が連なり、澄み渡る青空との美しいコントラストを描いていた。


 吹き抜ける風も心地よく、まるで一枚の絵画を眺めているかのようだった。


「わあ……」


 スコルはしばらく見惚れた後、ぽつりと呟いた。


「すごく綺麗だね」


『そうであろう』


 フェルの声には、どこか誇らしげな響きが混じっていた。


『どうだ? この街に住むのも悪くないと思わぬか』


 スコルは再び湖と山々を見渡した。


 行き交う人々の活気、どこまでも広がる街並み、そして目の前の絶景。


「うん……」


 自然と笑みがこぼれる。


「悪くないどころか、かなり気に入ったかもしれない」


 そう言って、スコルは再び歩き出した。



 やがて商業区へ足を踏み入れると、周囲の建物よりもひときわ大きな建築物が目に入った。


 白い石造りの荘厳な建物で、高く伸びた尖塔の先には星を模した紋章が輝いている。


「あれは……教会かな?」


 スコルは建物の正面に掲げられた看板を見上げた。


聖刻せいこくのアストラル礼拝堂……か。大きな教会だね。ここでいいかな?」


『うむ。よいのではないか』


 とフェルが答えた。


 スコルはさっそく礼拝堂の中へ入り、執務室を訪ねた。


 受付にいたシスターへ職業の洗礼について尋ねると、穏やかな笑みを浮かべた女性は頷いた。


「はい。職業の洗礼でしたら承っておりますよ」


「今からでも受けられますか?」


「この時間でしたら、すぐにご案内できます」


「お願いします」


「かしこまりました。では、こちらへお越しください」


 シスターに案内され、スコルは応接用のテーブルへ腰を下ろした。


「まず確認ですが、“聖別番号セイント・コード”が記載された聖約証書はお持ちでしょうか?」


「はい」


 スコルはインベントリから一枚の証書を取り出した。


 そこには、スコルに割り当てられた聖別番号セイント・コードが記されている。


 聖別番号セイント・コードとは、別名“大陸番号”とも呼ばれる個人識別番号だ。


 この世界では、人の出生、婚姻、死亡などの記録は教会によって管理されている。


 その記録を統括しているのが、大陸中央部に存在する“神聖ミトラス皇国”であり、人は生まれると同時に固有の聖別番号を与えられる。


 一方、聖約証書とは教会が発行する特殊な“魔法紙”である。


 魔術的な保護が施されているため偽造が不可能とされ、公的書類や重要契約書、さらには鑑定証明書などにも広く利用されている。


 発行手数料は一枚につき銅貨五枚。


 そのため、商人から貴族まで、多くの者が利用している。


 また、各国の役所や領主、冒険者ギルド、商業ギルドなども、この聖別番号セイント・コードを用いて個人情報を管理しており、


 言うなれば、大陸全土で共通して使用される身分証明制度である。



 シスターは受け取った聖約証書を丁寧に確認した後、その上にそっと手をかざした。


 すると証書の表面に、虹色の紋様がふわりと浮かび上がる。


 これは聖約証書に施された真贋判定の術式であり、マナを流し込むことでのみ発現する特殊な刻印だ。


 偽造品では決して再現できないため、皆この方法で証書の真偽を確認している。


 虹色の光を確認したシスターは満足そうに頷いた。


「はい、問題ありません。それでは神父様をお呼びいたしますので、少々お待ちください」


 そう言うと、シスターは奥の部屋へと姿を消した。


 しばらくして応接室に静けさが戻る。


『ふむ……今の時代には聖別番号セイント・コードなるものがあるのだな』


 とフェルが感心したように言った。


『しかし、お主もよく持ってきておったな』


「大事な物は全部、縮界シュリンクスフィアの魔魂石にしまってあるんだ」


 スコルは胸元に手を当てながら答えた。


「失くす心配もないし、盗まれることもほとんどないからね」


『なるほどな』


 フェルは納得したように頷く。


 だが、その直後に少しだけ声の調子を変えた。


『確かに便利ではある。しかし油断は禁物だぞ』


「え?」


『魔魂石は持ち主が息絶えた際、身体から離れて外へ飛び出す性質がある。戦場では、それを狙って死者の魔魂石を漁る者も少なくない』


 フェルは淡々と言った。


『ゆえに、命を落とせば財産も秘密もまとめて失うことになる。そこだけは忘れぬようにな』


「うん……気をつけるよ」


 スコルは神妙な顔で頷いた。便利な力には、それ相応の危険もあるのだ。



 しばらくすると、白髪の高齢な神父が姿を現した。


 穏やかな顔立ちをした老人だったが、その眼差しには長年多くの人々を見守ってきた者の深みがあった。


「君がスコル・ハーバリー君かな?」


 と神父が尋ねた。


「はい。本日は職業の洗礼をお願いしたくて参りました」


 スコルは立ち上がって頭を下げた。


「私はこの礼拝堂の司祭館長を務めるトビアスだ」


 神父は優しく微笑む。


「さっそくだが、心の準備はできておるかな?」


「はい。大丈夫です」


「うむ、結構」


 トビアスは頷くと、テーブルの上に置かれた聖約証書を手に取った。


「では、少し確認させてもらおう」


 そう言って内容に目を通し始める。


 だが次の瞬間、トビアスの眉がぴくりと動いた。


「……ほう?」


「どうかしましたか?」


 とスコルが尋ねる。


「君はスヨロ村の出身なのかね?」


 トビアスは証書を見ながら言った。


「出生地も居住地もスヨロ村になっておるが……」


 聖約証書には聖別番号セイント・コードだけでなく、出生地や現在の居住地も記録されている。


「はい。そうですけど……」


 スコルが答えると、トビアスは少し困惑したような表情を浮かべた。


「すると……君は知らないのかね?」


「何をですか?」


「四、五年ほど前、あの一帯は魔物大猛進スタンピードに襲われたのだ」


 トビアスは静かに言った。


「被害は甚大でな。スヨロ村を含む周辺の集落は壊滅したと聞いておる」


「ええっ!?」


 スコルは目を見開き、思わず声が裏返る。


「知らなかったのかね?」


『余計なことは話すでない』


 フェルの念話が飛んできた。


『六年前から家庭の事情で村を離れておったと言え。それで十分だ』


 スコルは小さく息を整えた。


「実は、六年前から家庭の事情で村を離れていたんです」


「ほう」


「その後は各地を転々としていたので……今初めて知りました」


 トビアスはしばらくスコルの顔を見つめた後、静かに頷いた。


「そういうことでしたか」


 そして柔らかな口調で続ける。


「何はともあれ、ご無事で何よりです」


 その言葉には偽りのない安堵が込められていた。


「今は無理に話さなくても構いません」


 トビアスは席を立つ。


「では、礼拝堂へ向かいましょう。洗礼の準備は整っておりますので、こちらへ」


 そう言って歩き出すトビアスの後を、スコルはどこか落ち着かない気持ちのまま追いかけた。



 故郷が滅んでいた――。


 その事実が、重く胸にのしかかっていた。


 幼い頃に過ごした村だ。記憶はおぼろげでも、草原を駆け回ったことや、父に手を引かれて歩いた道の感触くらいは覚えている。


 そんな場所が、もう存在しない。それはやはり、寂しいことだった。


『大丈夫か? 村の親戚などから連絡はなかったのか?』


 とフェルが気遣わしげに尋ねた。


(うん。驚いたけど、大丈夫だよ)


 スコルは少しだけ上を見上げた。


(小さかった頃のことだから、正直そこまで鮮明に覚えているわけじゃないしね。あの村は父さんの師匠が住んでいた場所で、親戚がいるわけでもないんだ)


 そう答えながらも、胸の奥にかすかな痛みが残る。


(でも……いい場所だったよ)


 懐かしい景色を思い浮かべるように、スコルは小さく目を細めた。


(みんな、無事だといいな)



 トビアスは礼拝堂の祭壇の前に立ち、スコルへ穏やかな笑みを向けた。


「それでは、これより洗礼の儀を執り行います。何か質問はありますか?」


「特にありません」


 スコルはあっさりと答えた。


「そうか。それでは――」


 トビアスがスコルの才覚を確かめようと視線を向けた、その時だった。


「……うん?」


 穏やかだった表情が驚愕へと変わる。


「これは驚いた。てっきり剣士志望かと思っていたが……君には霊脈が二つ、さらに星脈まで二つあるのか!?」


 トビアスは鑑定魔法の結果を見て、思わず目を見開いた。


 六十年近く司祭を務めてきた彼は、数え切れないほどの人々に洗礼を授けてきた。


 その長い経験から、人を一目見れば、おおよその資質や適性を見抜くことができるほどだ。


 しかし――。


 目の前に立つスコルは、その常識の外にいた。


 霊脈を二つ持つ者ですら稀有だというのに、さらに星脈までも二つ有している。


 そんな才覚を持つ者など、トビアスはこれまで一度たりとも見たことがなかった。


「私は長年司祭をやってきたが、君のような者は初めて見る。まったく、なんという逸材だ……」


 トビアスは感嘆の息を漏らした。



「では、確認のために伺うが、志望する職業は“魔法剣士”で間違いありませんか?」


 トビアスが尋ねると、


「はい! 魔法剣士でお願いします!」


 スコルは元気よく答えた。


「承知しました。では、これより洗礼の儀を執り行います」


 そう言うと、トビアスは胸元から太陽の刻印が刻まれた銀のペンダントを取り出した。


 それを両手で掲げ、厳かな声で祈りの言葉を紡ぐ。


「我が子よ、どうか忘れないでください。あなたが希望の光を失わない限り、女神マテラス様は、いかなる時もあなたを見守っておられます。祈りを捧げれば、その声は必ず主の御許へ届くでしょう」


 礼拝堂の中に静寂が満ちる。


 トビアスはゆっくりと両手を組み、祭壇の上に置かれた古びた聖典を開いた。


 その瞬間、礼拝堂の空気が張り詰め、神聖な儀式の始まりを告げるかのように、窓から差し込む陽光が祭壇を照らした。


「汝、選ばれし者よ。


 摂理アカシックレコードにその名が刻まれし時より、運命の輪は静かに廻り始めていた。


 魔を討ち、理を究め、剣と術をもって混沌を鎮める者よ――」


 厳かな祈りの言葉が、静まり返った礼拝堂に響き渡る。


 すると、祭壇の上に置かれた水晶が淡い光を放ち始めた。


 トビアスがそっと手をかざす。


 まるでその意志に応えるかのように、水晶から溢れた光が宙へと舞い上がり、無数の文字を描き出した。


 光の文字は絡み合い、やがて一つの形を成す。


 その神秘的な光景を前に、トビアスは高らかに宣言した。


「今ここに、万象を統べる女神マテラスの御名において宣言する。


 いにしえより受け継がれし叡智と、鍛え抜かれし鋼の意志が交わる時、


 世界の真理へ至る道は、その者の前に開かれるであろう」


 宙に浮かぶ文字が、眩い輝きを放つ。


 次の瞬間、その光は奔流となってスコルの胸へと流れ込んだ。


 熱い――。


 だが不思議と苦しさはない。


 まるで優しい陽だまりが胸の奥に宿ったような、温かな力だった。


 そして、最後の神託が告げられる。


「この刻をもって、摂理アカシックレコードに命運を刻まれたり。


 古き契りに従い、今ここに天命を授けん。


 ──汝の職は『魔法剣士』──」


 その瞬間。


 胸の奥に灯った光が、確かな力となって全身へと広がった。


 剣を握る者の意志。


 魔を操る者の叡智。


 二つの力が一つとなり、魂の深奥へ刻み込まれていく。



 そして――


『――職業ジョブが“魔法剣士”になりました。』


 頭の中に響いた声とともに、礼拝堂を満たしていた光がゆっくりと消え、静寂が戻った。



 トビアスは閉じられた聖典にそっと手を添え、穏やかな微笑みを浮かべた。


「おめでとう、スコル・ハーバリー君。これにて洗礼の儀は無事終了です」


 厳かな空気が少し和らぐ。


「君は今この瞬間より、女神マテラス様の御前において正式な魔法剣士となりました」


 そう言ってトビアスは深く頷いた。


「職業を授かることは終わりではありません。むしろ、ここからが始まりです。剣の道も、魔法の道も、一朝一夕で極められるものではありませんからな」


 トビアスは優しい眼差しをスコルへ向ける。


「時には挫折することもあるでしょう。己の未熟さに打ちのめされる日も来るかもしれません。ですが、その時は今日のことを思い出してください」


 司祭は祭壇の水晶へと視線を向けた。


「女神マテラス様は、あなたに魔法剣士として歩む資格があると認められたのです。どうかそのことに誇りを持ちなさい」


 そして最後に、祝福を授けるように言った。


「スコル・ハーバリー、君の未来に、女神の加護があらんことを。あなたが歩む道が、光に満ちたものでありますように」


 そう言ってトビアスは祭壇から離れたが、ふと思い出したように足を止めた。


「そういえば、君は学園の生徒なのかね?」


「学園?」


 スコルは首を傾げた。


「違うのか…」


 トビアスは感心したように頷く。


「君ほどの才覚を持つ若者なら、創聖ヘファイストス総合学園の特待生か何かだと思ったのだが」


「そんな学校があるんですか?」


「うむ。ハヌン南部にある名門校だ。魔法や武術はもちろん、鍛冶や錬金術など職人の育成にも力を入れている。優秀な人材が各地から集まることで有名でな」


 そう言うと、トビアスは柔らかな笑みを浮かべた。


「もし機会があれば、一度訪ねてみるといい。君ならきっと得るものが多いはずだ」


 それだけ言い残し、トビアスは礼拝堂の奥へと去っていった。


 創聖ヘファイストス総合学園。


 スコルはその名前を胸の中で反芻したが、今はそれよりも気になることがあった。


 無事に職業の洗礼を終えたのだ。


 寄付という名の手数料をいくらか支払い、スコルは教会を後にした。



 礼拝堂を出ると、頬を撫でる風がどこか心地よく感じられる。


『さて、魔法剣士になった感想はどうだ?』


 フェルが尋ねた。


「なんだろう……なんか強くなった気がする!」


 スコルは拳を握ったり開いたりしながら答えた。


『ほう、本当か?』


 フェルは少し面白そうに笑う。


『だが、あながち気のせいでもないぞ。職業の洗礼を受けた者は、女神の加護によって能力が底上げされるからな』


「そうなの?」


『うむ。特に戦闘系の職業は顕著だ。おおよそ一割ほど身体能力や魔力が向上すると言われておる』


「一割も!?」


 スコルは思わず声を上げた。


『もっとも、それだけで達人になれるわけではない。真に強くなるかどうかは、結局のところ本人の鍛錬次第だがな』


「でも、なんだかバグベアも倒せるような気がしてきたよ!」


 スコルは晴れやかな表情で言った。


『さて、どうする? まだ時間はある。せっかくハヌンまで来たのだ、どこか見て回りたい場所はないか?』


 とフェルが尋ねた。


「うーん……。洗礼のことで頭がいっぱいだったから、あまり考えてなかったな。ハヌンには何があるの?」


 スコルは首を傾げた。


『いろいろあるが……そうだな。学園でも見に行ってみるか?』


「学園? 学校だよね。興味はあるけど、今のところ通いたいとは思わないかな」


 そうスコルが答えると、フェルは小さく鼻を鳴らした。


『別にお主を通わせようという話ではない。エマやサラのためだ。聞けば、あの学園は職人の育成にも力を入れているらしいからな』


「あっ、そっか」


 スコルは納得したように頷いた。


「パン職人や薬師を目指す人向けの養成所があるかもしれないし、見ておいて損はないね」


『うむ。将来の選択肢を知っておくのは大切なことだ』


 そうしてスコルは、ハヌン南部にあるという“創聖ヘファイストス総合学園”へ向かった。


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