13.救い
時間にして2時間くらいだろうか。
足が痺れを超えて感覚がなくなってきたものの、フィニアス様のお顔はよく見ればクマもできていて、起こすのはためらわれた。
邪な心だが、安らかに眠っているお顔をこんなに間近で見る機会など今後あるかといえば、きっとないだろう。
つまり、貴重な体験だと思えば、私は2時間たっぷりフィニアス様の寝顔を堪能していた。
私に絵を描く才能があれば描き残したというのに。
「--ん」
「起きられましたの?」
身じろぐをするたびにフィニアス様のお顔に髪の毛がかかるため、せっせとその顔を避けていると、小さな声をあげてフィニアス様の瞳がゆっくりと開かれた。
ぼんやりと焦点のあってない瞳がうろうろと周りを見た後、私の目を捕らえる。
金色の美しい輝きが、じぃっと見つめてきたと思うと、また手が私の頬へと伸ばされた。
「夢か」
「現実ですわ、お起きになって」
そっと触れた手に私の手を重ねれば、フィニアス様の金色の瞳が一気に見開かれた。
途端、ガバっと体を起こすものだから、覗き込んでいた私の額とぶつかった。
「い……ッ!」
ごちんと大きな音が鳴り、次いでずきずきとした痛みが頭を響き、視界に星が散る。
足が痺れていたことも相まって、私はソファに蹲った。
「す、すまない。テイル嬢」
「い、いえ、大丈夫、ですわ。ですが、少しお待ちになって」
ぴくぴくと震える足から伝わってくる痺れと、頭に響く痛みで、うっすらと涙をにじませながらフィニアス様を見上げる。
見るに堪えないほど痛そうだったのか、フィニアス様が勢いよく顔を逸らした。
チラリと見えた顔が赤かったのは気のせいだろうか。
「は、はぁ……。んっ」
そろそろ大丈夫かと思って足を動かしたものの、気のせいだったようで、思わず声がでた。
ぴくっと震えたフィニアス様にはしたない声を出してしまったと反省する。
「俺はもしかして何か無体を?」
「あ、いえ。お疲れのようでしたので、そのままお眠りになっていただいただけですわ。たっぷりと拝見させていただきまして私も満腹ですの」
「そうか」
「えぇ。フィニアス様は眠っていらっしゃるお顔はあどけなくてとても可愛らしかったのですの」
そうこう話しているとようやく落ち着いたので、私は身を起こして座りなおした。
乱れた髪は手櫛で治す他なかった。
隣をみれば、フィニアス様が何とも言えない顔をしている。
「テイル嬢。会えたら言いたかったんだ」
「はい?」
こてんと小首を傾げて見せれば、フィニアス様は私の目を捕らえた。
綺麗な柳眉がスッと下がったかと思えば、次第に頭が落ちていき、つむじしか見えなくなる。
フィニアス様のつむじは右巻きなのね、とのんきに眺めていて、頭を下げているという状態に気づくのに遅れてしまった。
「すまなかった。謝って許されることではないと、わかっている」
「は!?どうして!?お顔をあげてください!」
私がどうしてフィニアス様に謝られなければいけないというのだろう。
むしろずっと秘密を持っていたのは私で、フランシスの民だと嘘をつき続けていたのに。
あわあわと慌てる私など気にせずに、フィニアス様は頭を下げたままだ。
「リンベルンを攻め入ったのは、俺たちだ」
その言葉に胸の中に冷や水が流し込まれたように、私は落ち着きを取り戻した。
そしてようやくわかった。
フィニアス様は、ずっと悔いていたのだろう。
私は精霊にお願いをして、魔法を解いてもらった。
続けて扉が絶対に開かないように、声が外に漏れないように風で扉を抑え防音にしてもらう。
「フィニアス様。ここにいるのは『テイル』ではありませんわ」
頭をゆっくりと上げたフィニアス様のお顔が逸らされないように、手を伸ばして頬に添える。
金色の瞳に、白と赤が映る。
「私は今、あなたに助けていただいた女ですの。あなたに、フィニアス様に『救っていただいた』女ですわ」
わかっている。
フィニアス様がリンベルンで何をしたのかを。
見ない振りをしているだけなのかもしれない。
それでも、それでも構わなかった。
「フィニアス様。あの日、私はあなたに恋をしましたの」
「っ!」
金色の瞳に、とろりと蕩けたような赤色が映る。
その目が私の目だと、こんなにも女の顔をしているのだと思うと頬が赤くなった。
「どうか、私を救ってくださったフィニアス様を、他でもないフィニアス様が否定なさらないで。私の好きな人を不幸にしないでくださいの」
「それでも、俺は」
「お願いしますわ」
じぃと見つめれば、顔を逸らせないフィニアス様の眉がへにょりと下がっていく。
「……そうか。俺は君に救われているんだな」
「?」
「俺は、あの日『奪うもの』だった。それをずっと悔いていた。今もこれからも、後悔からは逃げられないだろう。だけど、君を救えたことに俺は今救われている」
私の手にそっとフィニアス様の手が添えられる。
きゅっと握られた手は暖かくて優しくて、あの日私に差し出してくれた手そのものだ。
「君が、俺を救ってくれている」
フィニアス様の言葉に、涙がこみ上げてくる。
ジワリとにじむ視界でどんどんとフィニアス様の顔が見えなくなってきた。
同時に、胸にこみ上げてくる、今まで考えたこともない願い。
「フィニアス様、どうしましょう。私欲張りかもしれませんわ」
「なんだ」
「私がフィニアス様の救いになれるというのなら、どうか、お傍に置いてくださいませんか?」
今まで何度もフィニアス様に好意を、見返りなど求めていない一方的な思いをただ伝えてきた。
けれど、フィニアス様の救いになれていることがこんなにも誇らしくて、その立場を誰にも譲りたくないと思ってしまった。
「俺が、救われてもいいというのか」
「いいえ、違いますわ。私がフィニアス様を救いたいのですわ。そして、私がフィニアス様に救われたいのです」
にっこりと笑えば、フィニアス様は破顔した。
私からか、フィニアス様から、ゆっくりと顔を近づけて。
つないだ手が暖かいと思っていたのに、それ以上に暖かいものが唇へと触れた。




