10.少女とテイル
王命とはいえ、リンベルンの民の命を奪ったことを、俺は後悔していた。
騎士として役目を得たときに、わかっていたはずだった。
お綺麗な仕事だけではないとわかっていたはずなのだ。
それでも、どうにかできなかったものか、せめて生き残りの民を奴隷にしない方法はなかったのかと考えてしまう。
そのこともあり、俺は生涯を共にする伴侶などいらないと思っている。
癒されたくなどないのだ。
「フィニアスは本当に不器用だよね」
「テオドール様に言われたくありません」
王太子殿下のテオドールとは、あの日以降親交を続けている。
執務室に呼び出されてみれば、開口一番そう告げられる。
王は異常なまでに臆病だが、テオドールもその血を継いでいるのか、物事には慎重にかつ俺と数名以外を信用していない。
「そうかなぁ。僕はだいぶマシになったほうだと思うんだけどなぁ」
厄介なことにテオドールは父譲りの臆病さに自覚があった。
その上で母譲りの聡明さで、臆病であることを利用している。
誰一人信用していない王と、俺と数名は信用しているテオドールでは確かに大きく差はあるのだが。
「……で、どうですか?」
「あぁ、あともって数日だろうね」
この話を続ける気がなく、俺が切り出せばテオドールは長い仕事の終わりが見えたかのように、深く息を吐いて沈み込むように椅子に体を預けた。
十数年という時間と手間をかけた、長い仕事だった。
達成感すら感じているだろうテオドールをみて、俺は眉が下がるのを感じた。
その顔をみて、テオドールは苦笑い浮かべた。
「これからが忙しくなる。悪いけど、君にもまだまだ働いてもらうよ」
「覚悟の上です」
もうすぐ、この国の王は変わるだろう。
それからが俺たちのやるべきことだ。
「ところで、ちゃんとテイル嬢には謝りに行くんだよね?」
あれだけ毎日通いつめ、俺に話しかけてこられれば、当たり前だがテオドールには知られていたようだ。
それがとんと最近訪れなくなったのだ。
ナタリエ以外にも、騎士仲間にはそれとなく「今日もみませんね」などと軽口を叩かれていた。
言われなくても、何日テイルと顔を合わせていないかなんてわかっているのに。
「この後、行ってきます」
「うん」
嬉しそうに頷くものだから、どこか居心地の悪さを感じてしまった。
■□■□
何なんだ。何なんだテイルという女は。
理解ができない。
テイルの家を訪ね、謝りにいけば俺には関係のないことだと言われた。
俺が傷つけてしまったわけではないという安心感と共に、あれだけ毎日どこがカッコいい、どこが好きだと話しているくせに「関係ない」と壁を張られてしまったことが不愉快になる。
そのクセ、数分後には俺のことを「優しい」だの「救われたものもいる」など告げてくるのだ。
あの少女を思わせる顔立ちで「救われたものがいる」と言われると、あの少女に言われている気がしてしまう。
胸に溜まっているものがテイルによって取り払われている気になってしまうのだ。
年頃の娘で、性格に難もないのだ、縁談の1つでもあるのだろうと聞いてみれば、生涯独身でいつか領地に移住するという。
将来設計は家族とも立て終わってるかの言い方をしていて、その未来に俺は関わっていないことも不愉快に感じる。
当たり前だが、テイルが移住すれば、会うことはもうないだろう。
それがぽっかりと胸に穴をあけたような気分になった。
しかもそれがそう遠くない未来のように語るものだから、帰り際にらしくもないことを言ってしまった。
嬉しそうに笑うテイルに、ぽっかりと空いた穴が埋められた気になるなんて、俺もどうかしている。
そしてその言葉通り、翌日テイルは来ていた。
にやにやとした顔で見てくるフレッドにはいつもより強めに打ちこんでやった。
その後、テオドールの使いから、今日か明日だと連絡を受けた。
明日か明後日か、忙しくなることだろう。
その日のために準備をしてきた。
俺は残務をこなして、王宮を後にした。
街を歩きながら、考えるのは先日のテイルのことだ。
同じことをぐるぐると考えていることが滑稽だと思いながら、少女とテイルの顔がずっとちらついている。
あの少女が生きていればテイルと同じ歳の頃だろうと思えた。
だからちらつくのではないか、と思うが、同じ年頃のナタリエを見てちらつくかと言えばそういうわけではない。
「何なんだ一体。……ん?」
思わず呟き、小さくため息を吐いたあと見上げれば、黒い煙が上がっているのがみえた。
火事が起きているようで、現場へと走る。
そう遠くなかったのか、数分走ればすぐに着いた。
燃えているのはカフェのようだ。
近くで小太りの男が「役に経たん奴隷なんぞ買って損した!」と憤慨しているのがカンに障り、ひと睨みして黙らせた。
「フィニアス様!」
「ナタリエ嬢か、どうしたこんなとこで」
ナタリエが俺の元へと駆け寄ってきた。
煤がついてるのを見たところ、カフェにいたのだとわかる。
「そんなことより!中にテイル様が!」
髪を振り乱して叫ぶナタリエの言葉を聞いて、目の前が真っ赤になった。
気が付けば、鎮火のために水を入れているバケツを奪い、水を被って中へと飛び込んでいた。
「2階に!2階に上がって行かれましたわ!」
俺の後を追うようにナタリエが声を拾って、階段をかけあがった。
中は熱気と煙に満ちていた。
2階に上がったあと、2つに分かれているのをどちらか迷う暇も惜しい。
火の瞬きとは異なる光が見え、そちらへと足を向けて駆けた。
1番奥に見える個室から、聞きなれた声が聞こえた。
「私もリンベルンのものですわ。ですから、どうかこの手を取ってください」
1番奥の個室の前で、俺は足を止めた。
そこにいたのは、怯えて震える青年と、白髪のテイルの声をした女性がいたからだ。
青年の方を向いているために、その瞳の色は見えない。
けれど、白髪というだけで、俺は息を飲んで動けなくなってしまった。
――テイルが、リンベルンの生き残り?
それは何故かしっくりと来たのは、テイルとあの少女がチラついていたからだろう。
だとすれば、テイルはリンベルンを滅ぼした俺に会いに来ていたことになる。
憎いはずの俺を。
「……どうして?」
瞠目していると、振り返ったテイルの瞳と目が合った。
それは当たり前のように、飴玉のような赤い色をしていた。
時間にして数秒、見つめあっていたが、テイルがおもむろに口を開く。
「なるほど!幻ですわね!」
疑いようもなく、その女性はテイルで間違いなかった。
突拍子もないことを言い出すテイルに気が抜け、冷静にもなれた。
兎にも角にも、テイルがその細身で青年を支え続けることは不可能だ。
上掛けを脱ぎ、髪と目を隠すようにテイルにかけ、青年をかつぎ上げる。
テイルに気を取られたいたが、青年は混乱と緊張でいっぱいになったのか、白目をむいて気絶していた。
暴れないのは運び出すうえで助かったといえるが、気絶していることは哀れだ。
上掛けをぎゅうっと握り動かないテイルを急かす。
熱気と煙に満ちていたはずが、気が付けば楽になっていた。
顔を隠したままのテイルを見下ろしたが、当人から何の反応もなかった。
「……フィニアス様」
もうすぐ外に出られるというところで、テイルが見上げてきた。
緩やかにほほ笑んでいるように見えるが、その眉はこれ以上ないくらいに下がり赤い瞳は涙で潤んでいる。
悲しみに染まった笑顔で、テイルは口を開く。
「私を救ってくれて、ありがとうございます。今私がいられるのはあなたのおかげですの」
やっぱり、と確信へと変わったと同時に、どうしようもないほどの歓喜がこみ上げてくる。
奴隷になることもなく、大切に育てられていたということが、あの日きちんと『救えて』いたことに、涙が出そうになるくらい嬉しかった。
それは、まるで俺がテイルに『救われた』瞬間だった。
「--さようなら」
その声を最後に、テイルは駆けだしていった。
上掛けを被り込んだテイルを青年を担いでいる俺が追いかけられるわけもなく、走っていく姿を見送ることになったのだった。




