09.彼には向いていない
俺はその日、その場所に置いて俺は『奪うもの』だった。
鉱石を独占しているため、というのは表向きのもので、本当はリンベルンが敵国であるアルストリアと同盟を結ぼうとしていたために戦が行われた。
敵国であるアルストリアは軍事国家で、戦で領地拡大を続けている国だ。
リンベルンの民しか使えないという魔法を軍事に利用したいと考えたのだろう。
しかし、リンベルンとアルストリアが手を結べば、隣国であるリンベルンとフランシスがまず狙われることは確実だ。
そのため、アルストリアと繋がる前に、リンベルンとの戦が始まった。
元々リンベルンは閉鎖的な小国だ。
他国からの支援など来ないうちに数の暴力で持って制圧された。
男、女、子供、大人、老人。
生きているものは捕縛し、歯向かうものは命を奪う。
「俺はこんなことがしたくて騎士になったわけじゃない」
フランシスという国を守るためだとわかっていても、目の前には激しい抵抗の末に殺された民と、捕縛された民がいる。
捕縛された彼らはこれから奴隷として扱うと国王は言った。
尊厳を奪うような行為に反感を持った騎士も多い。
しかし、王は譲らなかった。
リンベルンの民が使う魔法で火が付き、鎮火をする暇などなくその街は火に包まれた。
俺自身何人も斬り捨てた。
そうしなければ部下が危ないから、というのは言い訳にもならないだろう。
人を殺すことにどんなことも言い訳になるわけがない。
――俺は『守るもの』になりたくて、騎士になったのに。
小さな赤い屋根の家の前を通り過ぎたとき、子供の泣き声が聞こえた気がした。
赤い屋根の家は焼けたあとで、ほとんどが崩れていた。中に入るには危険だろうと、他の騎士たちは見ることなく通り過ぎていく。
俺は中に飛び込み、家中を見て回った。
すると、1つの部屋のクローゼットが少しだけ空いているのが見えた。
「誰か、いるのか」
ゆっくりと開いたクローゼットの中には、小さな少女が泣き崩れていた。
生きている少女を見つけることができた俺はホッと胸を撫でおろす。
「大丈夫だ。こっちに来い。何もしない」
怯えて震えている少女を無理に連れ出さずに手を差し出す。
たれ目の赤い瞳が溶けてしまうんじゃないかと思うくらいに、少女は涙を流して震えていた。
辛抱強く手を差し出して待っていれば、そっと手を乗せてくれた。
小さな手を握り、抱き上げるとあまりにも軽いことに驚いた。
同時に、このか弱くて幼い少女を奴隷として捕縛しなくてはいけないことに苦しくなる。
「ねぇ、おかあさまとおとうさまは……」
「……」
無言で俺は少女の頭を撫でる。
この家の前に2人の男女の遺体が転がっていた。
それは、きっと、この子の両親なのだろう。
どうしてだ。
どうして、このようなか弱くて守らなければいけない存在から、親を奪い、尊厳を奪わなければいけない。
外に出た俺は、すぐに裏手を真っすぐいったところに見える森へと走った。
周りには騎士たちもいないことを確認し、少女を森の入口でおろす。
「頼む。逃げてくれないか」
「え……」
か弱い少女1人だけを逃がすことがなんの救いとなるのだろう。
1人で生きていけるかもわからないというのに。
少女は戸惑ったように森と俺とを何度も見て、そのあとゆっくりと頷いた。
「生きていけるか?」
「……もりはおにわだから、だいじょうぶ。たべられるものは……ぜんぶしってる」
少女はそう言って森へと入っていった。
どうか、どうか、少女だけは救われて欲しい。
後ろを振り向けば、今回の戦の指揮を取っている王太子殿下がいた。
眉根を下げて、弱った顔でこちらを見ている。
「俺を、罰しますか」
「ううん。僕は何も見なかった。見なかったものは罰しようがない」
「そうですか」
「うん。……君はフィニアスといったね」
俺の隣まで歩いてきて、少女が去っていった森をじっと見つめている。
何を考えているのか、いまいち読めない。
「君は、向いていないね」
不思議と王太子殿下は嬉し気で、褒め言葉のように告げてきた。
思わず怪訝な顔をして見せれば、王太子殿下は手を握手を求めるように差し出してくる。
「僕と友達になってくれないか」
少女を見逃してくれた彼を、信じないわけにはいかない。
その手を俺は握り返して、少女が走っていった森を見る。
--『奪うもの』の俺が、唯一『救った』少女にどうか幸あれ。
■□■□
初めは珍妙な女だと思った。
テイルといったその女は毎日飽きもせずに訓練を見に来ている。
「今日も美しかったですの」
目の前でほぅ、と頬を染めてそう述べるテイルは嘘をついていないだろう。
ほぼ毎日俺に話しかけてきては、どれほど俺が良かったかを毎回語り聞かせてくる。
好意にこたえることはできないと毎回告げているのに、テイルは気にも留めず翌日また語り聞かせてくるのだから、意味がわからない。
騎士団長として伯爵位はもらっているため、爵位目当てに近づいてくる女はたまにいた。
その場合は一度断れば次から声をかけてはこずに、他へと目を向ける。
そうしていると、次第に俺に声をかけてくる女はいなくなったというのに。
しかし、テイルの様子をみていると、俺の爵位は知らないんじゃないかと思える。
「それは何よりだ」
無視しても良いのだがテイルの顔を見ると、なぜかあの日リンベルンで逃がした少女を思い出させる。
黒髪に茶色目というフランシスではよく見る色をしているというのに。
そのため、冷たくあしらうことはできても、無視したりなどといった行為はできずにいた。
「フィニアス様、テイル様に何をおっしゃいましたの?」
訓練を終えたあと副団長であるフレッドに呼ばれ、応接室に行くとフレッドの婚約者であるナタリエがいた。
フレッドの婚約者であるナタリエは、訓練後にこうしてフレッドと時間を取るのは珍しくない。
「特に何もいってないが?」
「嘘ですわ。この間街でお見かけしたとき、お顔を真っ青にされて落ち込んでいらっしゃったのですのよ?」
責めるような目で睨みつけてくるナタリエは、俺が想像していたよりもテイルに懐いているようだ。
侯爵家の次女であるナタリエがまるで教育を受けていないテイルと仲が良いのは些か以上に意外だった。
不思議に思いながら、ナタリエのいったことを考える。
顔を真っ青にして落ち込んでいた、というが最後にテイルとあった時に話したことは今までの会話と大差がない。
「テイル様は私の大切なお友達ですのよ。きちんと謝ってきてくださいな。騎士たるものが女性を傷つけるなんて言語道断でしてよ!」
鼻息荒く叱りつけてくる様子を見るに、それほどまでに様子がおかしかったというのだろうか。
ここ4日ほどテイルを見ていないと、考えてしまう。
ぐっと眉間に皺が寄るのを感じながら、わかった、というとナタリエは満足そうに笑った。
「ねぇ、フィニアス様。テイル様はきっと、あなたに必要な方ですわ」
俺が伴侶などいらないと言っている理由を知っているナタリエは、そういうのだった。
その言葉を聞こえなかった振りをして、応接室を後にした。
背後で盛大な呆れたようなため息が聞こえた。
彼女もだいぶテイルに影響されていそうだ。




