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その後、墓守が落ち着いたテティと俺を案内したのは丘を下った先にある石造りの小屋だった。
小屋の周りにはいくつもの墓が立ち並んでいて、ところどころまだみずみずしい花が供えられているものもある。港もきちんと整備されていたようだったし、訪れる人は多いみたいだな。
墓守は俺たちを小屋に招き入れると居間のテーブルへ案内し、座って待つように言った。
居間の壁には天井まである本棚がいくつも並べられていていずれもその最上段まで本がぎっしりと詰まっている。あの墓守が全部一人で読むのだろうか。テティを見ると、テティも珍しそうに本棚を見渡していた。
「お待たせしました」
そうしていると墓守が戻ってきたようだ。手には、小さな木箱を持っている。
墓守は俺たちの向かいに座るとその木箱を机に置いて、すっとテティの方へ差し出した。
「この島で墓守をしていた祖母が、ドロッセルマイヤーさんから預かった手紙です」
なるほど、祖母がね。「どうぞ」と促されてテティが木箱の中に入った封筒を手に取った。すっかり赤茶けたそれの封蝋をテティの白い手が撫でて、それからぱり、と音を立てて割る。俺はテティが手紙を取り出して広げる様子を、隣で黙って見ていた。俺が口をはさめることじゃないし、それに。きっと、俺は、かける言葉が見つからないから。
手紙を広げたテティは、じっと見入ったまま何も言わない。きっとテティも、何も言葉が見つからないのだろう。時々唇をきゅっと巻き込んで涙をこらえている様子もあった。そんなテティの髪を撫でてやりたいと思ったけど、我慢した。黙って見ていると、決めたんだ。
「ドロッセルマイヤーさんはこの島で自らの墓を作り上げて、その翌日に亡くなったそうです」
ああ、だからあの墓は石じゃなくて木のようなもんで出来てたのか。
「なによりも愛しい娘がいるんだと教えてくれたと、祖母は言っていました」
「パパが…」
思わず顔を上げてそう言ったテティの声は、少し震えていた。
それからテティはまた手紙に目を落とすと、また涙をこらえるように唇をかみしめていたが、少しして口を開く。
「わた、し」
その声はやっぱり少し震えていて。
「もう一度、パパのところに、行ってくる」
言いながら、ゆっくりと立ち上がった。ひとりで行くか、と聞くとテティはこちらを見ないまま、こくりとうなずく。わかっていたけれど、ついてきてほしいとそういう言葉を期待していなかったと言えばうそになる。けれどテティがうなずいたから俺は、扉の向こうに消えていくテティの背中を見送ることしかできなかったのだ。
ああ、痛いなあ、苦しいなあ。でも俺は、今俺が一番大切にしたいのは。
「あの」
墓守の声が聞こえて、はっとした。ああ、人前だった、こんなしけたツラしてる場合じゃねえや。見ると墓守はやっぱり特に表情のない顔をしている。
「娘を連れてきた人間に見せてもらいたいものがあると、祖母はそうも聞いているそうです」
つまり、俺に見せたいものがある、と?
墓守はそう言うと立ち上がって、俺についてくるよう言うのだった。見せたいもの、なんだろうな。
そういえばじじいがこんなことを言っていた、と思い出したのは、案内された地下室で天井まで届く高さの金庫を目にしたときだった。ああ、長らく使い道が謎だったこの鍵、これか。報酬はここにあるって、そういうことかよ。ってことはあれか、この島にも導かれるべくして導かれたってわけか、なんか手のひらで踊らされてる感あって腹立つな、じじいめ。
まあじじいに悪態をついても仕方ない、と俺はとりあえず紐を通して首にかけていた鍵を取り出すことにした。
「やはり、お持ちでしたか」
「え?」
俺が取り出した鍵を見て、言ったんだよな?
「娘がその人間を、信頼しているように見えたならその人間をここに案内して欲しい、その人間は鍵を持っているから、もしそうでないなら、ただちに追い返してほしいと、そう聞いていたので、わたしはあなたをここに案内しました」
「そう見えたんなら、嬉しいね」
やはりにこりともしない墓守に笑いかけてから、いよいよこの真鍮の鍵をあるべき場所へ戻すために一歩踏み出す。大きな金庫の小さな鍵穴に差し込んだそれをくるりと回すと、カチャリと小気味の良い音がした。それと同時に鍵穴から静かに光が漏れだしたと思うと、光はみるみるうちに扉のふちに沿うように満ちていく。やがて光が満ちると、金庫の扉は音を立てて、ゆっくりと開きはじめるのだった。
金庫が開いたその中には、俺が見たことのないような大金が、うずたかく積まれていた。
「まじかよ…」
報酬って、つまり、全財産ってこと、だったのかよ。うわ、思わず生唾のみこんだ。
でも、そうか、これだけあれば。
「…なあ、頼まれてほしいことがあるんだが」
「はい?」
振り返って墓守にそう言うと、墓守は少しだけ不思議そうな表情をしたように見えた。
「この金は、ここに寄付する、だからテティをここに置いてやってくれ」
「…え?」
ああ、なんだ、そんな顔もできるんじゃねえか。
「俺はテティを、パパの傍にいさせてやりたい」
くそ、痛むんじゃねえよ、俺の胸。
「それに、海賊なんかの傍に、ずっといるもんじゃねえしな」
「あなたは…」
なんだよ、その目は。まるで俺を憐れんでるような、そんな顔もできんのかよ。
墓守はそれに続く言葉は、何も言わなかった。その後に墓守が言ったのはたぶん、俺の頼みごとに対する返事だったのだと思う。
「私は、テティさんがどうしたいか、それに従います」
そう言ったその目は、まるで俺の心の内を見抜いているようで。それから逃れようと俺は、ふいと顔をそらすことしかできなかった。




