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嬢ちゃんやマーリン、セラ、そしてセラの弟子に漁師のおっちゃんらに見送られて港を出たのが数時間前。
そして今俺たちは、セラに教えてもらったとある島の港にいるのだった。
テティの手を取りながら舷梯をつたって降りると、そこには1人の女性が待ち受けていた。
真っ黒なワンピースに身を包み、頭を包み隠す白い布を肩まで垂らしたその人は腹のあたりで手を組んでいて、俺たちに向かってゆっくりと頭を下げる。それからまたゆっくりと顔を上げると
「ようこそ、いらっしゃいました」
と、にこりともせずに歓迎の言葉を述べるのだった。
「私、ここで墓守を務めている者です」
墓守か、なるほどね。
「まるで、俺たちが来るのがわかってたみたいだな」
そう言うと墓守はその怖いほど静かな目を俺に向けた。
「教えてくれる人たちが、いますので」
その目が俺ではなく、俺の肩越し、ずっと後ろの方を見ている気がして。うお、背筋が。少しぞっとしていると静かなその目はテティの方へと向けられていた。
「あなたが、テティさんですね」
そして墓守はテティにそう、問いかける。テティがおそるおそるうなずくと墓守は言葉を続けるのだった。
「ドロッセルマイヤーさんから、いつかあなたが誰かに連れられてこの島に来たとき、渡してほしいと頼まれた手紙を預かっています」
墓守の言葉に、テティが息をのんだ音が聞こえた。いや、俺ももちろん、驚いたけど。あのじじいどこまで用意周到なんだよ、変なところばっかり気を遣いやがって、肝心なテティの気持ちばかり置いてきぼりにして。
「お渡しする前に、ドロッセルマイヤーさんに、お会いになりますか?」
墓守がテティをじっと見つめてそう聞くと、テティは俺の隣で大きく息を吸って「はい」と答えた。その目はまだ、少しだけ不安そうに揺れているなと思っているとテティがこちらに顔を向けてくる。ぴっくりした。テティは何か言いたそうに口を小さく開いて、でもすぐにそれをきゅっと閉じて、左手で俺の服をぎゅっと掴む。
俺はそういうテティに笑ってやって、その左手を取ってぎゅっと握ってやった。
俺がいる、と、言葉にはしないけど。
この握った手からテティに少しでも伝わればいいと、そう思った。
墓守に案内されてたどり着いたのは、海の見える丘だった。
そのてっぺんにたどり着くとそこには、小さな墓石。テティの隣に立って地面に埋まったそれを見下ろすと、どうやらそれは石ではなく木で出来ているらしい。触らなくてもなめらかだとわかるその表面には精巧な装飾が施されていて、中心には「ウォルンツ・ドロッセルマイヤー」の名が刻まれていた。
テティが、墓の前で両ひざをついた。
「パパ…」
か細い、悲しみに満ちた声が聞こえる。それから何度もパパと呼んで、そのたびに、俺の胸もぎゅうと締め付けられるように痛むのがわかった。
俺もテティの隣でひざをついて、震えるテティの背中にそっと手を添える。その瞬間なぜだか、なんとなくだが、温かいと感じた。ちなみに魔法人形に体温はないしテティもそうだ。けれどテティの背中に添えた手にはじんわりと、温かさが伝わってくる。
テティが、墓に手を触れたときだった。
ぶわり、と風が吹いた。
下から巻き上げるように吹いたその風はテティの銀色の髪をはためかせて、それは、まるで、天使の羽のようで。
思わず呼吸も忘れてその光景に見入っていると、なにかキラキラとしたものがテティの周りに見え始めた。その光はあっという間にテティを包み込んで、そして、テティの中にすうと入り込んでは消えていく。そのたびに、テティの背中に添えた手に温かさが伝わってくるのがわかる。ぽわ、ぽわ、と、伝わる優しい温かさは、俺の心まで温めるようで、どこか心地よい。それはおそらくテティもそう感じているようで、はじめ驚いていたテティの顔はすっかり穏やかになっていて、自分の中に入る光をどこか愛しげに見つめていた。
やがて光がすべてテティの中に入ると、テティの髪がぱさりと落ちる。
乱れたそれをに手を伸ばして、優しく梳きながらテティの耳にかけてやるとテティの横顔があらわになった。テティは、悲しいともそうではないともつかない表情をしていて、墓をじっと見つめている。
テティの青い海を閉じ込めた目から、ぽろりと、何かが零れ落ちた。
次々とテティの海からあふれてテティの頬を濡らすそれは、宝石にも似た、いや、この世のどんな宝石だってこの美しさに例えることはできない。
「わた、し…?」
テティ、と声をかけるとテティは俺の方を見てくれる。その頬に手を添えて目元をぬぐってやると、テティは一度まばたきをした。ぬぐったばかりなのにまた、ぽろりと零れ落ちる。
「わたし、泣いてる、の?」
震える声でそう言うテティが、かわいくて、キレイで、愛しくて。そうだな、と返事をするのが精いっぱいだった。ああ、胸が苦しい。テティを、ぎゅうと抱きしめたくて仕方がない。
しかしそういう俺の気持ちは、テティがこぼした言葉で急速にしぼむことになるのだった。
「パパ…」
テティはそうぽろりとこぼして、俺の胸にすがりついてきた。
頭が、かんと冴えていく心地。ああ、そうか、そうだった。テティは。いや、俺はそういうことを覚悟してテティをここに連れてきたはずだ。連れてきたんだ。だから。
すぐ近くでテティの泣き声が聞こえる中、俺は、テティの背中にそっと手を回すことしかできなかった。それが、俺の、精一杯だから。




