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 騎士団本部でのお仕事は、端的に言って順調だった。

 やはり天井部のほこりはすさまじく、セラさん印のほこりバスターEXという名の掃除機が大活躍することになった。このほこりバスターEXの素晴らしいところはなんといっても吸引力である。すさまじい吸引力ははなれた場所のほこりさえ吸い取る力を持つ。脚立という限られた足場に頼りながらの作業にはうってつけだ。加えてこの軽さ、この軽さこそがEXたるゆえんである。

 それからもう一つ役に立ったのが横幅の広い脚立だった。広い廊下を掃除することになるだろうと思って港町の木工職人さんに作ってもらってよかった。難点は、一応折り畳み式にはなっているもののやはりなんともいえないこのサイズ感だったのだけれど、それはランスさんとゴーロさんのおかげで事なきを得た。


 端的に言えば順調という状況の中でただひとつ気になったのは、ふとした時にランスさんの元気が無い瞬間を見かけることだった。



「ランスさん」

「…、はい」


 そういう時のランスさんに声をかけると、一泊おいてから焦ったように返事が返ってくる。お疲れですか、と聞いたことがある。なにか心配事でも、と聞いたこともある。けれどランスさんの答えは決まって、お気になさらず、なのだった。



「そろそろお腹が空きませんか?食堂に行きましょう」

「そう、ですね、そうしましょうか」


 なのでわたしは、気を遣いすぎないことにした。





 その可憐な少女が現れたのは、一週間という折り返し地点を過ぎた日の夜だった。


 お風呂も駐在さんへの電話も済ませて部屋でくつろいでいた時の事である。突然扉がノックされた。こんな時間に、誰だろう。扉にはーいと呼びかけて近づいていくと、ランスさんの声が聞こえた。


「すみませんこんな時間に、少しよろしいでしょうか」

「ランスさん、はい、今開けますね」


 扉の向こうにいるのはランスさんらしい。それを確認して扉を開けると、そこには白い布のようなものを抱えたランスさんが居た。



「ジャマをするぞ!」


 それから、ランスさんの腰のあたりからひょっこりと顔を出した可憐な少女が。

 少女は顔を出したかと思うとランスさんの背中から飛び出して、わたしの脇をすり抜け部屋の中へずんずんと入っていく。歩くのに合わせて少女の腰に結ばれたリボンが揺れるのに見とれていると、少女はいつのまにか窓際の椅子にどっかりと腰掛けていた。くるしゅうない、もてなしはいらんと言っているのが聞こえる。少女の可憐な姿にその偉そうな態度は似合っているんだけれど、言葉は少し古めかしくて違和感がある。

 呆気にとられていると、ランスさんがこっそりと少女のことを教えてくれた。



「その、身分は明かせないのですが高貴なお方で、ただ本人はそれを隠しているつもりなのでどうかそのようにお願いします」

「わ、わかりました」


 正直よくわからなかったけれど、とにかく丁重に、でも丁重になりすぎないようにお相手すればいいんだよね。

 少女が入口に突っ立ったままのわたしたちに向かって、何をしているのはやく、と呼びかけるのでわたしたちはやっと少女の方へと歩き出す。うん、高貴な身分のお方だっていうのは、なんとなくわかる気がする。少女の座っているところに着くと、少女がわたしに、くるしゅうない座れと言うので少女の向かいに座ることにした。

 真正面から見る少女は、ツインテールにしたプラチナブロンドの髪がキレイな、やはり可憐な少女だった。年のころは10歳くらいだろうか。その少女が改めて口を開く。



「掃除屋、そなたのことは聞いている、わたくしのことはマリィさまと呼んで」

「マリィ、さま」


 そう呼ぶと”マリィ様”は満足そうに笑った。


「さて、わたくしがそなたを訪ねたのはほかでもない、そなたに依頼をしたいの、ランス」

「はい」


 マリィ様がランスさんに視線だけで指示をすると、ランスさんは抱えていた白い布のようなものを机に置いた。それから机いっぱいに広げられたそれは、白い布ではなく、落ち着いた白色のドレスらしかった。とてもキレイなドレスなのだけれど、その胸元に薄い茶色のシミが見えた。

 マリィ様はそれを指してこう言った。



「これを、キレイにしてほしいの」


 要はシミ抜きをしてほしいと。



「あの、シミ抜きはそれを専門にしている方に依頼をされたほうがいいのではないですか?」


 わたしがそう意見すると、マリィ様は思いがけず悲しそうな顔をした。



「だって、王都の者はこれがお母様のドレスだって知っているし、わたくしよりもお父様やお母様が好きだからお母様に知らせてしまうわ」


 どうやらこれはマリィ様のお母様のドレスで、これを汚してしまったことをお母様には知られたくないらしい。その気持ちはわかるなあ、10歳くらいの女の子ならなおさらだ。



「あなたなら王都の外の人間だし、黙っていてくれるかもしれないじゃない、もちろん報酬ははずむわ」



 マリィ様はだんだんと口調が変わってきている。たぶんさっきまでの少し古めかしい口調はわざとやっていたのだろう。相変わらず偉そうな態度ではあるけれど、10歳くらいの女の子にこう悲しい顔で懇願されては、断れるものも断れない。


「わかりました、ただ報酬の件は成果次第ということにしていただけますか」

「うむ、よいぞ!」



 承諾の返事をすると、マリィ様は思い出したように古めかしい言葉を満足そうに放った。




 マリィ様によるとドレスについたのは紅茶のシミで、つけてしまったのは今日の夕方ごろらしい。

 それなら水と洗剤で落ちるかもしれませんね、と言ってわたしはさっそくお風呂場で作業を始めた。マリィ様は経過が気になるのか、お風呂場についてきた。見られると緊張してしまうのだけれど、その偉そうな態度に反して捨てられた子犬のような顔を見てしまうと追い払うこともできない。

 わたしは視線を感じつつもまず中性洗剤を薄めることにした。それからドレスのシミがついた部分をぬるま湯で濡らしてから、そこに薄めた中性洗剤を指で塗る。マリィ様はじっと見ているだけで何も言わなかった。薄めた中性洗剤を塗ったところを優しくもみほぐす様に洗い、水ですすいでみる。うーん、少しだけ残っているかもしれない。もう一度洗ってみよう。

 二度目にすすいだ時にはドレスのシミはすっかり消えていた。



「きれいに、なった…!」


 マリィ様がやや興奮気味に感嘆の声をあげた。



「あとはハンガーにかけて乾かしておきましょう」

「うん!」


 よほど嬉しく思ってくれたのか、マリィ様は古めかしい言葉を使うのをすっかり忘れているようだった。





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