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洗ったドレスをハンガーにかけて、窓際に張ったロープに吊るした。
今夜はいい風が窓から入ってくるから、そのうちに乾くだろう。マリィ様は椅子に座ってドレスが風になびくさまをじっと見つめていた。その表情はまるで夢を見ているようで、わたしはそんなマリィ様がお姫様に見えた。
「掃除屋さん、ありがとうございました」
「いいえ、あんなに悲しそうな顔でお願いされたら断れませんよ、お役にたててよかったです」
声をかけてきたランスさんにそう返すと、ランスさんは安心したように笑ってくれた。
「あの、ランスさんはマリィ様とはどういう関係なんですか?」
「それは」
そう聞くと明らかにランスさんの目が泳いだ。悪いことを聞いてしまったかな、マリィ様の身分だって明かせないって言ってたし。ごめんなさい、と言うとランスさんは、いいえと言った。それから、私の質問に答えてくれるようだった。
「初めてお会いしたのはマリィ様が5つの頃でした、それから自分を気に入ってくださったらしく何度も騎士団本部に遊びに来られるようになったんです」
「ふふ、そうなんですね」
思わず笑ってしまうと、ランスさんに不思議そうな顔をされてしまった。
「すみません、マリィ様にはランスさんが王子様に見えたんだろうなって思ったらつい」
「いえ、そんなことは」
「わたしだって、ランスさんが王子様に見えますよ」
理由を話すとランスさんは照れた。それから照れ隠しのようにせきばらいを一つすると、話を続けますと言った。
「本当はあまりマリィ様が騎士団本部に遊びに来ることは良くないのですが、従者2人がマリィ様に甘いもので、その、これは内密にお願いしたいのですが」
「はい」
「…どうやら、マリィ様専用の隠し穴というものまで作ったらしいのです」
「そ、それは」
まあ、びっくりするぐらい甘やかしている。そりゃ、あんなかわいい子甘やかしたくなるのはわかるけど。
「今夜もその隠し穴を通って侵入してきたらしいのですが、厄介なことにそれがどこにあるのか未だわからず…本当に…自分の部屋にいきなり現れるのはやめてほしいと…あれほど…」
「ら、ランスさん、あの、元気出してください」
ランスさんはいろいろと思い出したのかついには体を折りながら片手で両目を覆ってしまった。落ち着いてくださいランスさん、なんか、やっぱり悪いこと聞いちゃったみたいでごめんなさい。背中に手を当ててランスさんを励まし続けていると、ランスさんは元気を取り戻したようでとりあえず体を起こしてくれた。
「あっそうだランス、アブロとディットに知らせてあげてちょうだい」
「はい、そうですね、マリィ様のことを随分と心配してましたから」
ランスさんが元気を取り戻したところに、マリィ様の指示がとんだ。もしかしてその2人が件のマリィ様を甘やかしている従者なのだろうか。
指示をうけて、ランスさんは部屋を出て行った。部屋にはわたしとマリィ様と、それから風になびくドレスが取り残されることになる。マリィ様はまた視線をドレスに戻して、うっとりと見つめている。
「このドレス、とてもステキですね」
わたしがそう声をかけると、マリィ様はちらりとわたしの方を見てくれた。それからまたドレスに視線を戻すと話をしてくれる。
「ええ、お母様の大好きなドレスなの、お母様はいつもステキだけれどこのドレスを着ている時はいつもよりもずうっとステキになるのよ」
そうか、マリィ様が夢を見るような表情でこのドレスを見つめていたのにはそういう理由があったんだ。
「お母様の事が大好きなんですね」
そう言うとマリィ様はわたしの方を見てにっこりと笑ってくれた。
「ええ、大好きよ」
それからまたドレスを見ると、マリィ様は笑顔なのに、その顔に悲しさを見せた気がした。
「だから大好きなお母様のドレスを着てみたかったの、わたくしもお母様のようになりたいと思ってね」
けれど、こんなことになってしまったとマリィ様は笑顔をなくして視線を下へ落とした。
「マリィ様は、このことをお母様には内緒にするんですか?」
「当然でしょう?言えないわ、こんなこと、言ったら悲しませてしまうもの」
たぶんマリィ様のお母様は優しい人なのだろう。マリィ様がなにか悪いことをした時、怒るよりも叱るよりも、悲しむというのだから。
わたしはマリィ様の正面に立つと、両ひざをついて視線を低くした。うつむいたマリィ様の顔を覗き込むと、マリィ様はそのくりくりとした目でわたしを見てくれる。
「ねえマリィ様、お母様はもちろん、ドレスを勝手に着たことも汚してしまったことも悲しむかもしれません、でもね、お母様が一番悲しむのは、マリィ様に隠し事をされることじゃないですか?」
「…え」
マリィ様が瞳を揺らしてくれた。わたしの言葉はマリィ様にちゃんと届いてくれたらしい。
「あのねマリィ様、大好きな人に隠し事をすると、心に小さなシミができるんです」
「こころに、シミが?」
わたしが心臓のあたりに手を当ててみせると、マリィ様も同じように自分の胸に手を当てる。
「そのシミは最初はほくろみたいな小さなシミなんです、でも隠し事を続けていくと、どんどん大きくなってきて心を覆ってしまうようになります、それでね、ぎゅっと心を締め付けてくるんです」
「こころを、ぎゅっと…」
心臓のあたりに当てた手をぎゅっと握ると、やはりマリィ様もぎゅっと握った。
「それでね、そのシミは掃除屋も洗濯屋もキレイにはできません」
そう言うと、マリィ様は泣きそうな顔になった。わたしはそんなマリィ様を安心させたくて微笑んだ。
「このシミをキレイにできるのは、マリィ様とお母様だけです」
「わたくしと、おかあさまだけ?」
それでもマリィ様は泣きそうな顔をやめない。
「勇気を出して、隠し事を打ち明けて、お母様にごめんなさいって言うんです、お母様が許してくれたらシミはキレイに消えてなくなりますよ」
「お母様は、許してくださるかしら」
「きっと」
泣きそうな顔をやめないマリィ様に、わたしは思わず手を伸ばしていた。マリィ様が心臓のあたりでぎゅっと握っている手を包み込むように握る。それからマリィ様の目をじっと見つめる。くりくりとした、かわいらしい目だった。
「マリィ様が正直に自分の気持ちを話せば、許してくれますよ、だってマリィ様のお母様は、マリィ様が悪いことをしたら悲しんでくれるほどに、優しいのでしょう?」
そう言ってあげると、マリィ様はようやく泣きそうな目をやめてくれた。その代わりに目を大きく見開いて、それから、とてもかわいらしい笑顔を見せてくれる。
「そう、自慢のお母様よ」
そう言って笑うマリィ様につられるように、わたしも目を細めて笑うのだった。




