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わたしがこの世界に来てじゅうふた月めの朝が来た。
いつもにわとりの鳴き声で目を覚ましているのだけれど、ここではにわとりは鳴かない。その代わり鳴くのは持ってきた目覚まし時計だ。その目覚まし時計が鳴く声で目を覚まし、わたしは身支度をはじめる。
その身支度が済み、さて準備完了だと思ったとき、扉がノックされた。
ランスさんかな、朝食に行くのに迎えに来てくれるって言ってたし。そう思ってわたしはノックされた扉に、はーいと声をかけながら駆け寄っていく。そしてがちゃと扉を開いた。
「おはようございま」
「おはよう掃除屋さん」
「す」
扉を開くと、そこには巨人がいた。
と、いうのはおおげさなのかもしれないけれど、扉の前に立つ人物は見上げるほどに大きい。見上げた先に見えたのは、そろそろ老齢と呼ばれる年頃に片足つっこんでるかなと思われる男性の顔。立派な髭がまたそう思わせるのかもしれない。
わたしがぽかんとその男性を見上げていたらしいことに気が付いたのは、男性が豪快に笑ったからだった。
「ははは、すまない驚かせてしまったな」
「あ、い、いえ」
あまり近すぎて見上げた首が痛いので、わたしは2,3歩後ろに下がった。
「初めまして掃除屋さん、私は騎士団の総長を務めているガラルド・アイリーンという者」
「総長」
男性は自分の正体を明かした。なんとこの老齢に片足つっこんだ男性は、総長なのだという。通りで威厳を感じると思った。立派な髭のせいかもしれないけれど。
総長は、いたずらっぽく笑った。
「本当は昼に会う予定だったのだが待ちきれずにな、朝食に誘いに来てしまった」
総長が、いかがかなと言ってわたしに右手を差し出した。こんなことを思っては失礼かもしれないけれど、その姿は大柄な体に似合わず、おちゃめで、かわいらしかった。
そんな姿にわたしの頬もおもわずゆるんでしまう。
「はい、喜んで」
そしてそう返事をすると、差し出された手に左手を重ねようとする。
しかしそこで思い出した。ランスさんもまた迎えに来てくれるということを。手を止めたわたしに、総長は不思議そうな顔で、どうしたと言う。
「あの、ランスさんが迎えに来てくれる約束があるので、ランスさんを待ってからでもいいですか?」
約束をすっぽかしてランスさんを置いていくわけにはいかない。そう訴えると総長は、なるほどと言った。
「ランスが補佐を務めるのだったな、朝食までお供するとは真面目な奴だ」
総長はそれからそう言うと、にこりと笑って私の手をとった。
「ではランスが来るまで待つとしよう、お邪魔してもよろしいかな?」
「はい、どうぞ」
わたしは総長の手を握り返すと、その手を引いて部屋へ招き入れる。わたしはなんとなく、近所のおじいちゃんを、息子は遠洋漁業に、嫁と孫は受験の為県外へ泊るので預かってくれと頼まれた日のことを思い出していた。こんなふうに、手を引いてうちに招き入れたっけ、懐かしいなあ。
総長の手を引いて、窓際にある椅子へ案内する。朝の陽ざしが椅子に深く腰掛けた総長にふりそそぐさまはとても絵になる。ふと、総長が、ああと声をあげた。
「それは気に入ってもらえたかな」
そして、”それ”に向かって視線を注ぎそう言った。総長の視線を追うと、”それ”が二輪めの花を咲かせていたことに気が付く。
「もしかしてこの桃の花を用意してくださったの、総長だったんですか」
そう問いかけると、総長は肯定する代わりに豪快に笑った。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
「はい、とても」
「私には子どもも孫もいないので掃除屋さんほどの年頃の子が何を喜ぶかわからなかったから、知り合いに相談してな、花がいいんじゃないかと言うんだ」
総長は桃の花を見つめながら話をしてくれる。
「この季節ならこれだろうと、ええと、なんの花だったかな」
「桃の花、です」
「そう、桃の花」
桃の花を見つめる総長の顔は、なんといったらいいんだろう、とても優しくて。
「なんでもこの時期に贈るものは女の子の成長を願う意味があるんだそうだ、それでついでに教えてくれた知り合いにも贈ったんだよ」
そうしたら子ども扱いするなと怒られてしまった、と笑いかける総長の顔は、愛しさに満ち溢れていた気がした。それに気が付いたとき、嬉しくて思わず口が軽くなってしまった。
「お知り合いなんて言ってますけど、本当は大切な人なんじゃないですか?」
そう言うと、総長は驚いたようにわたしを見た。
「あ、その、とても優しい顔でその人のことを話してらっしゃるので、そうかなと」
思った以上にじっと見つめられたので、ついそんな言い訳をしてしまう。すると総長は口元で拳を握り、恥ずかしそうな顔をした。
「わかってしまうか、情けないところを見せてしまった」
「いえ、その、とてもステキだと思います」
わたしがそうフォローをすると総長は、ステキ?とわたしの言葉を反芻した。
「総長がとても優しい顔で、楽しそうに話してますから、本当に大切な方なんだと思います」
そう言うと、総長はやはり恥ずかしそうにしながらも、笑った。それから迷いの無い瞳でこう言い放つのだった。
「そう、ガラルド・アイリーンにとってとても大切な人だ」
わたしは総長が迷いなく言い切れることが、少しだけうらやましかった。
「掃除屋さんはどうかな、大切な人は居るのかね」
「えっわたし、ですか」
まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。思わず両頬に手を当ててしまう。
居るのかねって、そりゃあまあ、居ますけど。そんなことをはっきりと言えるほどわたしは総長みたいに人間が出来てないんですよ。
明らかに挙動不審になるわたしの反応から察してくれてもいいものを、総長は、うん?や、ほら、と返事を促してくる。うう、やら、ああ、やら言葉にならない声を出し続けて、ついにわたしは覚悟を決めた。
「い、居ます、居ますよ、とても、大切な人が」
言葉にすると、やはり恥ずかしくてたまらない。
総長はわたしからこの言葉を引き出すだけでは飽き足らず、その後ランスさんが部屋に来るまでわたしから駐在さんのことを根掘り葉掘り聞き出すのだった。




