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王都へ行くまえの、最後の週末が来た。
その日もわたしはアルちゃんのところへ出向き、一緒に夕飯のカリフラワーの入ったシチューを作った。そしてそれを食べ終え、デザートのはっさくゼリーを食べながら団らんのひと時を過ごしていたのだった。
「ねえ、アルちゃんはさ、いつかセラさんのもとから独り立ちするの?」
その団らんのひと時、わたしは参考にするつもりでアルちゃんにそんな質問を投げかけた。質問を受けたアルちゃんはスプーンをくわえたままで目を丸くした。予想外の質問だったのかな。
「ごめん、変な事聞いちゃった?」
「あ、ううん、聞かれると思ってなかったからつい」
スプーンを口からはなしたアルちゃんはそう言った。それからスプーンをテーブルに置くと、わたしの質問に対する答えを返してくれる。
「うん、まだ先の話だとは思うけど、やっぱりいつかは独り立ちするんだよね」
椅子の背もたれによりかかって話すアルちゃんの顔は、少し寂しそうだった。アルちゃんはそんな顔のまま目を閉じて、うーんと何か考え込んだようだった。数秒考え込むと、アルちゃんは急に顔を両手で覆う。
「あああ、独り立ちする日のこと考えたら、寂しい!」
「ア、アルちゃん、大丈夫?」
わたしの質問はアルちゃんをだいぶ悲しませてしまったらしい。独り立ちする日のこと想像して悲しむなんて、アルちゃん想像力たくましい。いや、わたしは人のこと言えないけど。
「えっと、ご、ごめん、やっぱり変な事聞いちゃったね」
気を遣ってそんな言葉をかけると、アルちゃんは顔は覆ったままでふるふると首を横に振った。それからくぐもった声で、ごめんもう少し考えるから待っててと言う。もう少し考えるとは。アルちゃんの言った言葉の意味はよくわからなかったけれど、わたしは、わかったよく考えてと言葉を返した。
それからアルちゃんは数分沈黙した。その数分の間にわたしはのこりわずかとなっていたはっさくゼリーを食べ終えてしまう。
ハト時計がデデッポウと鳴いて9時を知らせたとき、アルちゃんが顔を覆っていた手をはずして口を開いた。
「い、いま、師匠が私のこと一人前だって褒めてくれた…!」
「え?」
突然のことに面食らってしまった。それに対してアルちゃんはやや興奮気味に頬を赤らめた様子だった。わたしの困惑した様子に気づいているのかいないのか、アルちゃんはやや興奮気味のまま言葉を続ける。
「あの、あのね、いま独り立ちする日のことずっと考えてたんだけど、寂しがる私に師匠が言うの、お前はもう一人前なんだから、情けないツラするなって」
アルちゃんの想像力は思っていた以上にたくましい。想像上のセラさんは独り立ちで寂しがるアルちゃんを褒めてくれたのだという。お前は一人前だと。
一人前、か。
「そうだよね、私が独り立ちできるのは一人前になった証しなんだから、寂しがることないんだ」
「そっか」
アルちゃんが想像上のセラさんの言葉をかみしめているのと同様に、わたしもかみしめていた。一人前、という言葉を。
「わたしも」
なにか、心にかかっていたもやが晴れたような気がした。
「わたしも、一人前になりたい」
わたしはつい、そんなことを口に出していた。
それから数日すると、いよいよわたしが王都へ行く日がやってきた。
港では、朝から漁師のおじさんたちやセラさんたちがわたしの荷物を船に運び込んでくれている。わたしの荷物なのだからわたしも手伝おうとしたのだけれど、おじさんたちに、いいから駐在さんと話しておけと言われてしまったのだ。それは、ありがたいのだけれどその反面すこし困る。一人前になる決意をして気持ちの整理はしたとはいえ、乙女心は秋の空のように変わりやすいのだ。
「忘れ物は無いか?」
「無いです、大丈夫ですよ」
「そうか?まあ、向こうで何か必要になれば用意してもらえるだろうから心配は無いと思うが」
こんな風にまっすぐわたしを見てくれる駐在さんの姿に、わたしの乙女心は揺れていた。そんなにまっすぐ見られたら、やっぱり寂しくなっちゃうじゃないですか。
「そうだ、騎士団本部には食堂があるんだがな、そこの飯はうまいぞ、楽しみにしておけ」
駐在さんはそんなわたしの気持ちを見抜いたのか、王都についたあとの楽しみをわたしに提供してくれる。そんなことより少しでも目をそらしてくれるとか、そういうことしてくれたほうがわたしの心の中の秋の空は安定するんですけど。
「メニューにはお前の好きないわしハンバーグもあるから、寂しくなったら食べるんだぞ」
「さ、寂しくなんか」
なりませんから、と言おうとして言葉を詰まらせてしまった。寂しいなんてことを口に出してしまったせいで泣きそうになってしまったのだ。焦ったわたしがとっさにした行動は、駐在さんの手をぎゅっと握ることだった。
駐在さんが少し驚いたような目で見ている。わたしは必死に涙をこらえて自分の決意を思い出していた。
「わたし、一人前になりたい」
心の中で言い聞かせるつもりが、口に出ていた。ええいままよ、とそのまま口に出し続ける。
「一人前になって、駐在さんと対等になりたいんです、だから」
いつまでも甘えたままじゃいけなくて。
「この仕事はそのための一歩だって、そう考えて頑張ろうって思ったんです、寂しくたって平気です」
そう言いきったわたしは笑えていただろうか。駐在さんは、笑った。楽しみだな、と言った駐在さんの言葉をわたしは嬉しいと感じた。
セラさんがわたしたちを呼んで、出港の時が来たことを知らせる。
わたしは握っていた駐在さんの手を自らはなした。そして駐在さんに背を向けると、船の方へと歩き出す。
船へ乗り込もうとしたとき、セラさんが声をかけてきた。
「掃除屋、俺からのせんべつ、荷物に紛れ込ませといたから向こうで落ち着いたら見とけよ」
セラさんったらいつのまに、と思ったけれどそれは口に出さず、ありがとうございますとだけ言っておいた。
そしていよいよ船に乗り込む。船の操縦はセイくんのお父さんだ。
港に集まった漁師のおじさんたちが口々に、いってらっしゃいと言ってくれる。アルちゃんもいる。セイくんもいる。セラさんも。そして駐在さんが。
「また、迎えに行くからな」
稲穂色した目を優しく細めて、そう言ってくれる。
「はい、では駐在さん、行ってきます」
わたしは今度こそ、自分が笑えたことを確信した。




