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セイくんに相談してから3日後、わたしがこの町に来てじゅうひと月めになったその日。
わたしはまた駐在さんと暖炉の前で向かい合っていた。ただし今度は、わたしの方から駐在さんを暖炉の前に呼び出したのである。
「決めました」
じっと見つめた駐在さんは、何をとは聞かない。
「ひと月後、騎士団の仕事を受けようと思います」
駐在さんが稲穂色した目でわたしをじっと見つめ返す。それはとてもまっすぐな瞳だった。
「わかった」
駐在さんはそのまっすぐな瞳のままそう言って、それから、騎士団にはそう伝えておくと言った。
すると突然、駐在さんの手がわたしの方へのびてきた。そしてそれはわたしの頭の上で止まり、わしと頭を掴んだ。それから、わしわしと髪を乱れるほど乱暴に頭を撫でてくる。
「な、何するんですか」
思わず抗議の声をあげると駐在さんの笑い声が聞こえた。笑い事じゃないですよ駐在さん、乙女の髪になんてことするんですか。今日は気合いを入れて洗い流さないトリートメントまでしたのに。悪い悪い、の言葉と共にやっとわたしの髪が解放される。乱された髪をなおしながらぎっと駐在さんを睨み付けてやる。駐在さんはやっぱり笑っていた。
「お前があんまり頼もしく見えたんで、褒めてやりたくてつい、な」
ほ、褒められたからって乙女の髪を乱した恨みは忘れないんですからね!そりゃあまあ、その、今回だけは、大目に見ますけど。褒められたからじゃ、ないですよ。
乱された髪はいつもより気合いを入れた洗髪のせいか、はたまた洗い流さないトリートメントのおかげかてぐしで元通りのさらさらな髪に戻った。よかった。
髪が元通りになるとわたしの機嫌も元通りになり、もう一つ駐在さんに言っておかなくてはならないことがあったのを思い出した。
「あの、もう一つお話があるんです」
「ん、なんだ?」
「セイくんに相談したら、やっぱり慣れじゃないかって言うんですよ」
駐在さんはわたしの主張に、ふむとうなずいた。
「だから王都に行くまでのひと月の間、週末はアルちゃんのところにお泊りしようと思うんです」
「アルのところに?」
駐在さんはわたしの提案が予想外だったのか、目を丸くした。
「アルちゃんにももう話してありますから大丈夫です」
「そうか」
駐在さんは丸くしていた目をだんだんと細めていって、最後は優しく笑った。
「本当に、頼もしいな」
それが少しだけ寂しそうに見えたのは、わたしの願望が映ってしまったのかもしれない。
アルちゃんのところへ泊まる週末はすぐにやってきた。
お夕飯を作っていきましょうか、と言うわたしに駐在さんが、気にするなと言ってくれたので夕飯を用意しないままわたしはアルちゃんのところへと向かった。
チャイムを鳴らすとアルちゃんが出迎えてくれる。
「アカネちゃんいらっしゃーい」
「お世話になります、アルちゃん」
入って入って、と促されアルちゃんの部屋へと入っていく。何度も遊びに来ているアルちゃんの部屋に今更新鮮味も感じないだろうとは思っていたけれど、自分が泊まる立場になると違うのかもしれない。相変わらず魔法製品の試作品にあふれた部屋にはどこかいつもと違う新鮮味が感じられた。
荷物を寝室に置いて、わたしたちがまず初めにやることは2人で夕飯を作ることだった。この日のメニューは大豆のキーマカレーだった。
「ねえ、アカネちゃん」
「うん?」
材料をみじん切りしながらアルちゃんが話しかける。
「今、駐在さんどうしてるかなって心配してる?」
「え」
わたしの反応に、アルちゃんは、当たったでしょ、と笑う。その通りだった。
「あの、出る前にお夕飯作っていきましょうかって言ったんだけど駐在さんいいっていうから、自分でなに作って食べてるのかなって思って」
駐在さんは料理が下手ではない。むしろいわしハンバーグを作る実力がある。でも、主菜ばっかりで副菜まであんまり作らないから少し心配なのだ。たとえば、わたしが今用意しているゆで卵のサラダとかそういうもの。そんなことをアルちゃんに告げれば、アルちゃんはあははと笑った。
「わかるなー、私も師匠の食生活ちょっと心配なんだよね」
「セラさん、そっか一人暮らしだもんね」
そういえば、アルちゃんがこちらに住んでいるということはセラさんはあのドームに一人暮らしなんだ。食事、どうしてるんだろう。料理、作れるのかな。
「師匠、料理とか家事全般は出来るんだけど、どっちかといえばサバイバル知識なんだよねえ、だから料理も男の料理って感じでおおざっぱでね、師匠濃い味好きだし」
「そうなんだ、料理できるなんて意外だと思ったけど、それなら似合うかも」
「ふふ、でしょ?」
セラさんのことを話すアルちゃんは、とても楽しそうだった。ふと、わたしもそう見えたのだろうかと思った。駐在さんのことを話すわたしははたして楽しそうだったのだろうか。
「アカネちゃん」
そんなことを考えてしまっていると、アルちゃんがまたわたしの名前を呼んだ。
「心配するにしても思い出すにしても、それを楽しいって思った方が寂しくならないかもよ?」
アルちゃんはわたしの核心をつくようなことを言った。
「や、やっぱりわたし寂しそうに見えた?」
「うーん、ちょっとね」
アルちゃんは気を遣ってそう言ってくれたのだろうけれど、わたしはかなり寂しそうな顔をしていたに違いない。そ、そっかあ、と落ち込んでしまうわたしをアルちゃんは慰めてくれた。
「でも、ほら、セイくんも言ってたでしょ、慣れだよ慣れ!」
ふうむ、確かに、その通りだけど。
「ねっ、だから駐在さんの事いろいろ話して、私も師匠とか叔父さまのこと話したいから」
アルちゃんが必死に慰めてくれる言葉に、わたしはいつまでも落ち込んでいられないと思った。
気合いを入れよう、と拳を握ったら手に持っていたゆで卵を握りつぶしてしまった。アルちゃんごめん。




