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俺たちの戦いはこれからだ!(完)みたいなことを言ってしまったけれどわたしたちの王都観光はけして完結しない。
アルちゃんとわたしの目指すモーニングを提供するお店は、南の港近くにあるらしい。
ここからは反対方向ではあるけれど、アルちゃんには秘策があるという。自信たっぷりなアルちゃんの後を追って騎士団の建物が並ぶ道を歩いていくと、ついに大きな通りに出た。
先ほどまでとはまるで違う雰囲気。ただ土を踏み固めただけだった地面は赤レンガの石畳に、威圧感を与えるそびえたった建物は赤レンガの石畳に似合うかわいらしい建物に変わった。人通りだって違う。道を歩く人はやたら怖い顔をした人かやたらエリートみたいな顔をした人だったのに、今は帽子に杖と髭がトレードマークの紳士ややたらつばの広い帽子にやたら大きな羽飾りをつけた淑女に変わった。わたしいつものセーラー服で来ちゃったけど、浮いてないかな?と心配になったけれどシンプルなワンピースやシャツにパンツスタイルのお姉さんも歩いていたのでたぶん大丈夫だと思う。アルちゃんもセラさんとお揃いの黒いローブだし。
「ここから見えるのは後ろなんだけど、あれが王城だよ」
「わあ」
アルちゃんが指差した先には真っ白な壁の建物がそびえたっていた。通りに立つ建物の三角屋根の向こうに、まさにおとぎ話に出てくるようなお城があったのだった。とはいっても今見えるのはアルちゃんの言うとおり背面なのでかなりのっぺらぼうだ。うーん、少し感動が足りないかなあ。
王城は見上げないとてっぺんまで見えないくらい大きくて高い。アルちゃんが言うには、お城が大きいのもあるけれど、お城が丘の上に建てられているのもあれだけ高い理由のひとつだそう。ところで王城を見上げるために視線を上げるとカラフルな三角の連続旗がいくつも空にかかっているのが見えた。なんだかあれを見るとわくわくする。ああ、がぜん王都観光が楽しみになってきた。まずは直近のモーニングが一番楽しみだ。大通りまで出てきたけれど、アルちゃんの秘策とはなんだろう。
アルちゃんは道の真ん中あたりまで歩いていくと、立ち止まって左右をきょろきょろと見た。
「アルちゃん、ずばり秘策とは?」
「むふふ、ソレが来てからのお楽しみだよ」
ぐぬう、アルちゃんはまだ教えてくれない。アルちゃんこういうの好きだよなあ、もったいつけてじゃじゃーんと演出するの。少し待つと、なにか音が聞こえてきた。それは、石畳を叩く心地よい音。かっぽ、かっぽ、かっぽ、と聞こえてくる音に、わたしはアルちゃんの言う秘策の正体に気が付いたかもしれないと思う。
アルちゃんが手を挙げた。それを呼び止める合図なのだろう、かっぽかっぽと近づいてきたそれがだんだんとその音の感覚を長くして、最終的にわたしたちの目の前で止まった。音の正体がブルルッと鳴いた。
「じゃーん、これが王都名物乗合馬車です!」
「ほ、本物だ」
わたしの目の前には、テレビや本でしか見たことのない馬車が止まったのだった。本物の馬だ、本物の馬車車両だ、本物の、えっと、馬車の運転手だ、すごい。ただ目の前の光景に呆気にとられるというわたしの反応にアルちゃんはたいそう満足したらしい。そんなに驚いてもらえるなんて、と両頬に手を当てて喜んでいる。
運転手である老紳士が穏やかに急かす声でわたしたちは2人ともはっと我にかえった。それから慌てて馬車に乗り込んだ。
「どちらまで?」
馬車に乗り込むと運転手の老紳士がこちらを見てそう尋ねる。アルちゃんがそれに、南の港入口までお願いしますと答えると老紳士は、かしこまりましたと言ってまた前を向いた。そして手綱が跳ねる音がして、かっぽ、かっぽという音と共にゆっくりと馬車が動き出す。
乗合馬車の車両は広くない。いや、もうこれは正直に狭いと言おう。向い合せて座るようになった座席はその間隔がだいぶ狭い。正面に座る人とは必然的にひざを突き合わせる仲になってしまう。でも、それはまあ、乗合馬車の風情だと思えば楽しめるものだと思う。
向かいの乗客の肩越しに風景を見るのは少ししのびないので、車窓の景色は肩をひねって背中の景色を楽しむことにする。建物の一階部分はほとんどが商店だった。このあたりは八百屋さんやお肉屋さんなど生活に根付いた商店が多い印象だ。車窓の景色が移り変わるにつれて、そのラインナップはだんだんと洋服屋さんやアクセサリーショップなど華やかなものに変わっていく。あ、今カフェがあった。
十分ほどで乗合馬車は南の港入口に到着した。
アルちゃんに教えてもらった運賃を老紳士に支払い、わたしたちは馬車を降りた。
「南は観光客の入り口になってるから、さっきと少し雰囲気が違うでしょ?」
「本当だね」
アルちゃんの言うとおり、南の港入口は先ほどの北とはまた人通りが違った。北よりも多くて、その多くはラフな格好をした人やカメラを首に下げている人だった。建物の窓にはキレイな花が咲いていたり、街路樹が整えられていたりと観光向けにキレイに整備されているようだ。道の端にはお土産を売る露店が並んでいるあたりも観光客の入り口なのだなということを思わせる。
「そしてあれが、正面から見る王城です!」
「うわあ…!」
アルちゃんがじゃーんと指した先には、さっき見た王城が今度は表情をつけてそびえたっていた。バルコニーや大きな窓がついた王城は、よりおとぎ話のお城感が増してわたしの胸に感動を与えた。
「すごい、キレイ」
「うんすごいよね、あの城壁も専門の魔法技師が手掛けててね、特別な技術がいるんだよ、ほんとすごいなあ」
「あ、そっち」
うっとりと王城を見つめるアルちゃんに思わず笑ってしまう。
それから現実に戻ってきたアルちゃんは張り切ってわたしの手をとった。
「じゃあアカネちゃん、モーニングにいこっか!」
「うん、楽しみ!」
わたしの手をひっぱって歩き出すアルちゃんに、モーニングのメニューは?と聞いてみたけれど、案の定アルちゃんは、ひ・み・つとかわいらしく笑った。




