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アルちゃんに手をひかれてたどり着いたのは、小さな喫茶店だった。
外観からメニューは想像できない。ふーむ、なんだろう。
アルちゃんが扉を開けると、甲高い音でベルが鳴った。狭い店内からは若い女性のいらっしゃいませという声が聞こえた。店内にはカウンター席がいくつかとテーブル席が2席ほどある。カウンターには老婦人が一人座っていた。わたしたちは空いていたテーブル席へ腰掛ける。
若い女性がお冷を運んできてくれる。白いシャツに黒いカフェエプロンがよく似合う、ショートヘアのキレイなお姉さんだった。たぶん、いらっしゃいませの声はこの人だったのだろうと思う。
「おはようございますアルさん、今日はお友達と一緒なんですね」
「そうなんです、いつもの2人分お願いできますか?」
「はい、かしこまりました」
お姉さんは会釈をして立ち去ると、カウンターの奥へ消えていく。ここはアルちゃん行きつけのお店だったのか。いつものって、なんかかっこいい。尊敬のまなざしを送りながら、アルちゃんに、いつものって?と聞いてみてもやはりアルちゃんは口に人差し指をあてて、秘密だってば、と笑うだけだった。
もうアルちゃんから秘密を聞き出すのは諦めて、わたしたちは今日の予定について話し合った。ひとまずイルミネーションは日が落ちてきてから見に行くことにして、まずはいろんなお店を見て回ろうということから決まる。それから観光客向けのお店は南に、少しコアなものが欲しいときは西で、地元密着みたいなものが欲しかったら東に行くといいということをアルちゃんから教えてもらっていた時、お姉さんが注文のモーニングを運んできてくれた。
「お待たせしました、モーニングです」
優雅な動作でわたしたちの目の前に置かれたのは、サラダボウルとたっぷりのミルクティーが入ったマグカップ、それから2つのドーナツが乗ったお皿だった。ふわふわのものではなく、表面の割れたどっしりとしたドーナツはとても魅力的だ。
「わあ、おいしそう」
それこそ、思わずそんなことを口に出してしまうほどに。
「ふふ、ありがとうございます、ではごゆっくりどうぞ」
「あっはい」
お、お姉さんに笑われてしまった。恥ずかしい。けれどお姉さんの笑った顔はとてもキレイだった、大人の女の人ってああいう人のことを言うんだろうなあ。
「おいしそうでしょ?おいしいんだよ、ミルクティーと一緒に食べてみて、あっミルクティーには少しだけ砂糖を入れると甘いドーナツに合うから、よかったら」
「うん、そうするね」
アルちゃんがこのモーニングをより楽しむためのアドバイスをくれる。わたしはそのアドバイス通りに、ミルクティーにこさじ1杯ほどの砂糖を入れてかきまぜる。一口飲んで味を確かめると、ミルクティーはほんのり甘さを感じる程度の甘味になったことがわかる。ところでこのミルクティーはおいしい。モーニング用にミルクが控えめなのだろうか、とてもお茶のコクが感じられる。飲んだ後鼻にぬける香りが心地いい。
それからわたしはドーナツに手を伸ばす。このどっしりとしたさわり心地、いいなあ。ぱくりと一口食べると甘さが口の中に広がる。もふもふと、噛んだ心地もいい。そこに少しだけ甘くしたミルクティーを流すと途端にドーナツが溶けていく。甘いドーナツと少しだけ甘いミルクティーが、ちょっと気取った言い方をすれば、見事なハーモニーを奏でている。
「しあわせ…」
月並みだけどついそんな言葉が口をついてでる。向かいの席でアルちゃんが笑った。それからわたしの真似をして、頬に手を当てて、しあわせ、と言う。やだもう、とわたしが笑えばアルちゃんもまた笑う。
モーニングを楽しみながら、わたしたちは今日の予定についての話し合いを再開する。そういえば、忘れちゃいけないことがひとつあった。
「あのねアルちゃん、わたし駐在さんからひとつおつかい頼まれてて」
「そうなの?どこ?」
「このお店なんだけど」
わたしは財布から昨日駐在さんに渡されたメモを取り出してアルちゃんに見せる。メモを見たアルちゃんは、ああと納得したように言った。
「騎士団関係の備品とか扱うお店だから、なにか注文したのかもね、わたしも叔父さまに頼まれて何回か行ったことあるから」
「駐在さんが、騎士団関係の?」
どうやらこのお店は騎士団御用達のお店らしい。でも、どうして駐在さんが。
「だって駐在さんも騎士団の一員だから」
「え、そうなの?」
アルちゃんの言葉に驚いてしまう。駐在さんが騎士団の一員、いやそもそも騎士団騎士団ってさっきから普通に聞き流していたけどよく考えたらわたしにとってはだいぶ聞き慣れない言葉だよね。
アルちゃんが言うには、治安維持は基本的に王立の騎士団が行っているとのこと。各町に派遣されている騎士団員を現地では駐在と呼び、それが駐在さんにあたるという。なんというか。
「わたしって、駐在さんのこと何も知らないんだなあ」
そう思って少し落ち込んでしまう。もう9か月も一緒にいるのに。
「これから知っていけばいいんじゃない?ねっ」
「…うん、ありがとうアルちゃん」
アルちゃんがかけてくれた言葉に、わたしはなんとか笑ってみせる。
「それで、この店におつかいを頼まれてるんだよね、だったらまずそれ済ませちゃったほうがいいよね」
「うん、忘れちゃったら困るし」
わたしたちはまずその店に行くことに決めた。他を回って遅くなって店が閉まってても困るしね。
「うーん、じゃあもう一回北の港に戻ることになるね」
「えっそう?ごめん、さっきのうちに言えばよかった」
「ううん、さっきは西側を回ったから今度は東側を回っていこう、また景色が違うから」
面倒なことをさせてしまうのに、アルちゃんは笑ってそう言ってくれた。ありがとう、と言うとアルちゃんは気にしないでと言ってくれた。そのやりとりの後に食べたドーナツは、あの時のフロランタンのように友情のスパイスのきいた味がした。




