第7話 さよならヴォクシー身軽になった家族の「自転車宣言」
弁護士に自己破産を依頼し、借金の返済もマンションのローンも止まった。
だが、それは同時に「手放すべきもの」との別れを意味していた。
5年前に新車で買った、トヨタのヴォクシー。
価格は約300万円。
週末には家族4人を乗せてキャンプに行き、子供たちの送り迎えにも大活躍してくれた、思い出の詰まった車だ。
だが、5年落ちとはいえ査定額は確実に20万円(破産における資産処分の基準額)を超える。
ローン会社に所有権が残っている以上、引き上げられるのは決定事項だった。
別れの日は、あっけなく訪れた。
事前の電話で打ち合わせていた日時の通り、スーツ姿の担当者が一人、マンションの駐車場にやってきた。
ドラマのようにレッカー車で強引に持っていかれるわけではない。ただの事務的な手続きだ。
「本日はお立ち会いいただき、ありがとうございます。それでは、お車と鍵の引き渡しをお願いいたします」
「はい。車検証などの書類もダッシュボードに入っています。……今までありがとうございました」
俺は深く頭を下げ、ヴォクシーのスマートキーを彼の手に渡した。
担当者は丁寧に一礼すると、そのまま運転席に乗り込み、静かにエンジンをかけた。
走り去っていくヴォクシーのテールランプを、俺と由美、そして子供たちは駐車場で見送った。
「パパ、うちの車、どこ行っちゃうの?」
10歳の息子が、不安そうに俺の顔を見上げる。
ここで俺が悲しい顔を見せれば、子供たちは「家が不幸になった」と察知してしまう。
だから俺は、わざと大げさに、明るく笑い飛ばした。
「パパたち、今日からめちゃくちゃ健康になることにしたんだよ!」
「えっ?」
「車があると、つい歩かなくなっちゃうだろ? だから今日からはエコで健康的に、全員『自転車』だ! 週末は家族みんなでサイクリングに行くぞ。パパもチャリで爆走して痩せるからな!」
俺が力こぶを作って見せると、息子も娘も「パパ絶対すぐバテるよ!」と笑い声をあげた。
由美も隣で、少しだけホッとしたような優しい笑顔を見せていた。
強がりだけじゃない。俺の頭の中は、かつてないほどクリアだった。
毎月払っていた車のローン、バカにならないガソリン代、自動車税に任意保険。
それが今日から、すべて「ゼロ」になる。
マンションのローンも払っていない今、俺たちは家賃ゼロの家に住みながら、交通費も極限まで削れる無敵のボーナスタイムにいるのだ。
身ぐるみを剥がされたんじゃない。
もう一度やり直すために、重たい荷物を下ろして「身軽」になっただけだ。
浮いたお金はすべて、次のマンションを借りるための初期費用として、絶対に貯めきってやる。
空になった駐車場のスペースを見つめながら、俺は心の中で、これからの「再建」を力強く誓っていた。
続く




