第6話 親友の助言と「任意売却」タダで住めるボーナスタイムの始まり
マンションのドアを開けると、由美が不安そうな顔で出迎えた。
俺は何も言わず、市役所から奪い返し、ATMで下ろしてきた札束が入った封筒をテーブルに置いた。
「これ……下ろせたの?」
「ああ。全部だ。これで当面、飯の心配はしなくていい」
由美は封筒を両手で握りしめ、ボロボロと涙をこぼした。
ここ数日、張り詰めていた糸が切れたのだろう。
だが、泣き止んだ彼女がふと部屋の壁を見渡した時、その顔に再び暗い影が落ちた。
「……ねえ、健太。借金の督促は止まったけど、市役所に差し押さえられたこの家……いずれ競売にかけられるんだよね? 私たち、いつここを追い出されるの?」
その問いに、俺は答えられなかった。
競売。
裁判所や役所主導で強制的に家が売り払われ、ある日突然、退去命令が出る。
破産して信用情報が真っ黒な俺たちに、新しく部屋を貸してくれる大家なんて見つかるのだろうか。
手元にある数万円の生活費など、引っ越し代ですぐに吹き飛んでしまう。
どうすればいいのか分からず、俺は親友の柴田竜也にすがる思いで電話をかけた。
彼にはすでに、自己破産に向かっていることを打ち明けている。
『……なるほどな。生活費は確保できたけど、競売で追い出されるのが怖いってことか』
電話越しに俺の窮状を聞いた竜也は、呆れたように、しかし力強い声で言い放った。
『お前、ただビクビクして競売を待ってちゃダメだ。「任意売却」の業者に相談してみろ!』
「にんい、ばいきゃく……?」
『ああ。競売にかけられる前に、自分から不動産屋を通して一般市場で家を売るんだ。競売より高く売れるから、交渉次第じゃ引っ越し代を払ってもらえる。しかもな……』
竜也の声のトーンが一段上がった。
『家が売れて引き渡すまでの間、お前ら、そのマンションにタダで住み続けられるんだぞ!』
「タダで……!?」
『そうだ! 自己破産するんだから、もう住宅ローンは一円も払わなくていいんだ。借金の返済もストップしてる。家が売れるまでの数ヶ月間、お前らは家賃ゼロ、返済ゼロの無敵状態になるんだよ。その間に、次のマンションを借りるための初期費用を死ぬ気で貯めろ!』
目から鱗が落ちるとは、このことだった。
毎月十万円以上の住宅ローンと、十万円を超える借金の返済。
それが今月から「ゼロ」になる。
つまり、俺の給料からそれらを引かずに済めば、毎月二十万円以上を手元に残せるのだ。
皮肉な話だが、自己破産を決断し、すべての支払いを放棄した今が、俺の人生で一番「お金が貯めやすい」状態になっていた。
翌日、俺はすぐに法テラスの弁護士に電話をかけ、竜也から聞いた「任意売却」について尋ねた。
「……なるほど、任意売却ですね。おっしゃる通りです」
電話口の弁護士は、相変わらず淡々とした声で答えた。
「破産手続きにおいても、競売で安く買い叩かれるより、任意売却で少しでも高く処分し、債権者に配当を回す方が望ましいとされています。こちらとしても異存はありません。信頼できる業者を見つけたら、私の方でも手続きの連携を取ります」
冷たいと思っていた弁護士の言葉が、今は頼もしく聞こえた。
道は開けた。ただ絶望して家を奪われるのを待つんじゃない。
俺たちはこの「タダで住めるボーナスタイム」を利用して、泥沼の中から確実にお金を貯め、次の生活への基盤を築くのだ。
俺と由美は、リビングのテーブルで固く手を握り合った。
本当の「再建」が、ここから始まるかもしれないと思っていた。
続く




