第5話 「市役所」との死闘。凍結された命綱を奪い返せ
弁護士からの受任通知が届き、消費者金融からの督促が止まった。
狂ったように鳴り続けていたスマホが、ついに沈黙したのだ。
だが、安堵している余裕など一秒もなかった。
俺の給与が振り込まれるメインバンクの口座は、税金を滞納したせいで市役所の収税課に完全に凍結されている。
財布の中身は、数千円ぽっち。
由美と子供たちに明日の飯を食わせるためには、何が何でもこの口座から金を引き出さなければならない。
俺は弁護士から受け取った「受任通知」のコピーを握りしめ、市役所の収税課へと向かった。
窓口は、どこか冷ややかで無機質な空気が漂っていた。整理券の番号を呼ばれ、俺はカウンター越しに若い担当職員と対峙した。
「……税金の滞納の件ですね。どうされましたか」
「弁護士に自己破産を依頼しました。これが受任通知です。だから、差し押さえられている口座の凍結を解除してください。生活費が1円も引き出せないんです」
俺はすがるような思いで、受任通知のコピーを差し出した。
これさえ見せれば、消費者金融と同じように役所も手を引いてくれる。そう信じていた。
だが、担当職員はその紙を一瞥しただけで、無表情のまま突き返してきた。
「弁護士が介入したからといって、税金の差し押さえは解除できません」
「なっ……! だって、自己破産の手続きが始まってるんですよ!?」
「それはあくまで、あなたと弁護士の間の話です。我々が手続きを止めることができるのは、裁判所から正式な『破産手続開始決定通知』が出た時だけです。申し訳ありませんが、ルールですので」
目の前が真っ暗になった。
これから弁護士と書類を揃えて申し立てをし、裁判所から開始決定が出るまでには、まだ時間がかかる。
たとえそれが数日だったとしても、今日の晩飯代すらない俺たちにとっては「死ね」と言われているのと同じだ。
それまで口座が使えないままなら、どうやって生きていけというのか。
「ルールって……じゃあ、俺の家族はどうなるんですか! 子供の給食費も、今日の晩飯代もないんですよ!? 死ねって言うんですか!」
俺の声が大きくなり、周囲の視線が集まる。
だが、担当職員は冷ややかな目で俺を見下ろしたままだった。彼らにとって俺は、ただの「税金を払わない悪質な滞納者」でしかないのだ。
「お困りなのは分かりますが、差し押さえは適法に行われています。払えないあなたが悪いんじゃないですか?」
その言葉が、俺の心に火をつけた。
ただ頭を下げて、言われるがままに搾取されていた昨日までの俺じゃない。家族を守るために、俺は必死に調べてきた「武器」を抜いた。
「適法……? 本当にそうですか?」
俺はカウンターを両手でバンッと叩き、職員を睨みつけた。
「俺の口座に入ってる金の中には、子供のための『児童手当』も含まれてるはずだ! 国税徴収法で、児童手当や最低限の生活費にあたる部分は『差押禁止債権』として法律で守られてるだろうが!!」
職員の表情が、初めてピクリと動いた。
ただの無知な滞納者だと思っていた男が、法律の盾を突きつけてきたのだ。
「全額差し押さえて一円も引き出せない今の状態は、違法な差し押さえじゃないのか!? 上の人間を出してくれ! 今すぐ、口座の凍結を解除してくれ!!」
そこからは、まさに修羅場だった。
奥から出てきた上司らしき男を相手に、俺はなりふり構わず吠え続けた。
破産に向かっている事実、生活が完全に破綻している状況、そして法律上差し押さえてはいけない金まで持っていかれているという抗議。
1時間後。
俺は市役所の外に出て、空を見上げた。
手には窓口でなんとか交渉して勝ち取った、「差押解除」の控えが握られていた。
俺はその足で、一番近くのコンビニのATMへと走った。
震える手でキャッシュカードを入れ、暗証番号を打ち込む。
「お取り扱いできません」というあの絶望的な画面ではなく、今日は機械がウィーンと音を立てて、画面に口座の残高をしっかりと表示した。
俺の必死の抗議が役所を動かし、口座の凍結を「解除」させたのだ。
吐き出された札束。家族を生かす「命綱」を、俺は自分の力ずくで奪い返した。
俺は現金の入った封筒を強く胸に抱きしめ、由美たちが待つ家へと走り出した。
続く




