第4話 「破産一択ですね」事務的な宣告と税金という逃げられない現実
法テラスの相談室は、驚くほど静かだった。
三畳ほどの狭い個室。向かい側に座る初老の弁護士は、俺が持参した督促状の束を事務的にめくっていた。
電話の段階で事務員にある程度の内容は伝わっている。だから、挨拶もそこそこに彼は本題に入った。
「……破産を考えておられるということで、間違いないですね?」
直球だった。俺の人生が「詰んだ」ことを、彼は一枚の書類を確認するように淡々と告げた。
「はい。もう、それしか道がないと思って……。銀行口座も差し押さえられて、マンションのローンも払えなくなりました。妻にも、全部話しました」
俺の声は震えていた。
中堅サラリーマンとしての体面も、父親としてのプライドも捨ててきたはずなのに、情けなさがこみ上げる。
「分かりました。これは、自己破産一択しかありませんが、不動産がある以上、管財事件として処理されると思います。そうなると、管財人の費用も別途かかります。家も車も手放すことになりますが、手続きを経て、借金をゼロにする『免責』を目指しましょう」
淡々と進む説明。
ネットで見て震え上がっていた「管財事件」という言葉が、目の前の弁護士の口から「これからの予定」として語られていく。そこで俺は、一番気になっていたことを口にした。
「……あの、滞納している国の税金はどうにかならないんですか。それも、破産すれば消えるんでしょうか?」
弁護士の手が止まった。
彼は眼鏡の奥の鋭い目で俺を見据えた。
「いいですか、高橋さん。そこは勘違いしないでください。税金は『非免責債権』です。自己破産をしても、納税の義務だけは絶対に消えません」
冷や水を浴びせられたような感覚だった。
「消えない、んですか……」
「はい。免責が降りた後も、一円たりとも負けずに払わなければいけません。それがこの国のルールです。ですが、他の膨大な借金が消えれば、税金を払っていく余裕は生まれるはずです」
全部がチャラになる魔法なんてない。
家を失い、身ぐるみを剥がされても、税金という十字架だけは背負って歩かなければならない。
その現実が、俺の胃をキリキリと締め上げた。弁護士は手元の書類をトントンと揃え、こう続けた。
「今日、ここで私が代理人になったという『受任通知』を各業者へ郵送します。郵便が届いて処理されるまで、早くて1週間ほどかかります。その間はまだ督促の電話が鳴るかもしれませんが、絶対に電話には出ないでください。
それから借金は一切1円も払ってはいけません。1週間後には、消費者金融やカード会社からの督促は法律上、すべてストップします」
「1週間……」
「ただし」
弁護士の言葉が、少しだけ重くなった。
「市役所の税金担当は別です。彼らは受任通知が届いたくらいでは、口座の差し押さえを解除してくれません。裁判所から正式な『破産手続開始決定通知』が出るまでは、容赦なく取り立ててきます。そこだけは覚悟しておいてください」
面談を終え、俺は深く頭を下げて法テラスを後にした。
そこからの1週間、俺は生きた心地がしなかった。
弁護士に頼んだというのに、容赦なく鳴り続けるスマホ。ポストに投函される赤い封筒。
『本当に止まるのか?』『手続きに失敗したんじゃないか?』と、着信音が鳴るたびに心臓が縮み上がり、疑心暗鬼になりながら耐え忍んだ。
そして、面談からちょうど1週間が過ぎた頃。
狂ったように鳴り響いていたスマホが、ついにパタリと黙った。
あんなに欲しかった「静寂」が、ついに訪れた。
だが、その静寂は決して心地よいものではなかった。
嵐が去った後の焼け野原に、俺と結衣、そして何も知らない子供たちだけが取り残されたような、不気味で耳の奥が痛くなるほどの静けさだった。
「……パパ、今日はお仕事お休み?」
10歳の息子が不思議そうに俺を覗き込む。
返せる言葉がなかった。俺はただ、ついに鳴らなくなったスマホを握りしめた。消費者金融の嵐は去った。
だが、俺たちの生活費が入った口座は、まだ市役所に凍結されたままだ。
明日、俺は市役所の収税課へ乗り込まなければならない。
家族が飢え死にしないために、最強の取り立て屋である「国」と戦うために。
続く




