第3話 督促地獄から逃れるため妻にすべてを打ち明けた
「ふざけんな! 金がねえから死ぬだー? だったら弁護士のとこ行けよ!」
立ち飲み屋を出た直後の路地裏。竜也の太い腕が、俺の胸ぐらを力任せに締め上げた。
「自己破産なんてしたら、家も車も取られて追い出されるんだろ!? 会社にバレてクビになるかもしれない! 親戚中からは一生、後ろ指を指されるんだぞ!もう終わりだ!」
俺は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫び返した。
「それに……子供たちだよ! あいつらにどんな顔して会えばいいんだよ!」
俺の情けない悲鳴を聞いて、竜也はギリッと歯を食いしばり、俺を壁に激しく押し付けた。
「借金から逃げて首吊った父親の死体を見せる方が、よっぽどあいつらのトラウマになるだろうが! 家を失って嫁さんに泣かれて、それでも泥水すする覚悟もねえ奴が父親ぶってんじゃねえぞ、こら!」
「会社や親戚にバレることなんかねえから安心しろ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
「その地獄がどれだけキツいか、俺が知らねえとでも思ってんのか。……俺も5年前に破産したんだよ」
「え……?」
頭を殴られたような衝撃だった。あの竜也が、俺と同じ地獄を見ていたなんて。
「いいか健太。自己破産するかどうかなんて、後から決めりゃいいんだよ。ただな、弁護士に依頼して着手してもらった瞬間、法律で業者からの督促は一切ストップする。あの地獄みたいな着信も、ポストの督促状も、ピタッと止まるんだ。国の税金はなくなりはしないけど、破産手続き中は待ってくれるんだ。俺もそれに救われた」
竜也は俺の胸をドンと突いた。
「家や世間体のことは後だ。まずはお前のその壊れかけた頭を休ませろ。明日の朝9時、絶対に法テラスに電話しろ」
深夜。
15年前に35年ローンで買った、分譲マンションの一室。
リビングのソファで頭を抱えていると、寝室から妻の結衣が起きてきた。
「どうしたの? こんな時間まで」
その何気ない一言で、俺の中で張り詰めていた糸がプツリと切れた。
俺は結衣の足元に崩れ落ち、額を床に擦り付けた。
「結衣……ごめん。俺……市役所に、この家を差し押さえられた」
「え……? 差し押さえって……健太、どういうこと?」
「税金の滞納で……もう、どうにもならないんだ。口座も凍結されたから、今月のマンションのローンも、結衣に渡す生活費も、一円も引き出せないんだよ」
その瞬間、結衣の顔から血の気が引くのがわかった。
「嘘でしょ……? ローンが払えないって、じゃあこの家どうなるの!? 子供たちの学校は!?明日からの生活費は? 15年もここに住んできて、これから私たち、どうすんのよ!」
結衣の悲鳴のような声が、静かなリビングに響いた。俺は床に涙をこぼしながら、震える声で絞り出した。
「毎日鳴る督促の電話に、もう耐えられないんだ……。明日、弁護士に相談する。もう、そうするしかないんだ。……本当にごめん……!」
中堅サラリーマンとしての見栄も、父親としてのプライドも、すべて自分の手でぶっ壊した。
泣き崩れる結衣の前で、俺はこれ以上の地獄から逃れるために、泥水をすすってでも生き直す決意をした。
翌朝9時。
「いってきます」と何も知らずに学校へ向かう子供たちの背中を見送った後、重苦しい沈黙が支配するダイニングで、泣き腫らした目の結衣が見つめる中、俺は息を殺して法テラスの予約番号に、電話をかけた。
「わかりました。では、数日後の〇日の〇時に面談の予約をお取りします」
事務的な声で告げられたその瞬間、俺は暗闇の中で、細くても絶対に切れない『命綱』を渡されたような気がした。
続く




