第15話 死に物狂いでつけた家計簿と管財人の不気味な沈黙
あの日、冷たく突き返された手書きの家計簿。
あの屈辱から、俺の本当の地獄が始まった。
三ヶ月後と言われていた再提出は、納得のいく完璧なものに仕上げるために長い時間を費やすことになった。
数千円の不明金、たったそれだけのズレを見つけ出し、自分の生活のすべてを証明する記録を作り直すためだ。
仕事から疲れ果てて帰る。
狭い賃貸の部屋で家族が寝静まった後、薄暗い電球の下でノートを開く。
買い物の控えの山と、にらめっこをする毎日だった。
スーパーの袋の底に落ちていた数百円の控えまで這いつくばって探し出し、1円の狂いもなく計算機を叩き続ける。
目がかすみ、頭が割れるように痛んだ。
なぜ自分はこんな無意味に思えることに命を削っているのかと、何度もノートを破り捨てそうになった。
だが、そのたびに隣の部屋から聞こえる子供の寝息が、俺の腕を止めた。
ここで投げ出せば、借金は消えない。
この泥沼から抜け出すには、管財人という絶対的な権力者を黙らせるだけの、完璧な証明が必要だった。
死に物狂いだった。生きるために、ただひたすら1円と向き合う三ヶ月間だった。
そしてついに、約束の日がやってきた。
分厚くなったノートと、月ごとに封筒に分けた膨大な量の買い物の控え。
鞄はずっしりと重かった。その重みは、俺が三ヶ月間、血を吐くような思いで耐え抜いた証だった。
弁護士と共に、再びあの重い扉を開ける。
案内された部屋には、三ヶ月前と同じ、氷のように冷たい目をした管財人が座っていた。
俺は緊張で喉を鳴らしながら、鞄から家計簿と控えの束を取り出し、机の上に置いた。
「三ヶ月分の家計簿とレシートです。」
声が少し震えていたかもしれない。
どんな厳しい質問が飛んできてもいいように、頭の中であらゆる買い物の言い訳を準備していた。
なぜこの日にこの日用品を買ったのか、なぜこの野菜が高かったのか。
何を聞かれても即答できる自信があった。
かかってこい、そう心の中で身構えていた。
ところが、だ。
管財人は、机に置かれた分厚いノートに視線を落とした。
パラ、パラと、最初の数ページを無表情のままめくる。
紙のすれる音だけが、静まり返った部屋に響く。
俺は息を殺して、次の言葉を待った。「ここはなんだ」「これがおかしい」。どんな罵倒でも受け止める覚悟はできていた。
しかし、管財人はノートをパタンと閉じると、それを手元に引き寄せた。
「わかりました……ご苦労様でした。」
その瞬間、背筋に冷たい汗がツーッと流れるのを感じた。
不気味だった。あまりにもあっけない幕切れに、得体の知れない恐怖が湧き上がってきた。
本当にこれでよかったのか?
何か重大なミスを見落とされていて、後で一気に地獄に突き落とされるんじゃないか?
あの一言は、俺の努力を認めたからではなく、すでに俺を見限っている証拠なんじゃないか?
「わかりました」と言う言葉がどんな厳しい言葉よりも鋭く、俺の心をえぐってきた。
事務所を出た後も、足の震えは止まらなかった。
自己破産の手続きというのは、単に書類のやり取りじゃない。
人間の心を極限まで追い詰める、恐ろしい心理戦なのだと痛感した。
他人に生殺与奪の権利を握られるというのは、こういうことなんだ。
管財人の不気味な沈黙に怯え、夜も眠れない日々が続いたとしても。
それでも、借金取りに追われて首を吊るよりはずっとマシだ。
どんなに生きた心地がしなくても、命さえあれば次の朝は必ず来る。
あの不気味な沈黙の向こう側に、借金ゼロの新しい人生が待っていると信じて、俺はこの恐ろしい時間を耐え抜いてみせる。
続く




