第16話 一ヶ月後の弁護士からの電話と最後の審判へ向かう道
あの不気味な面談から、さらに一ヶ月という時間が過ぎていた。
管財人が、俺の三ヶ月分の血のにじむような家計簿を、余計の事を一言も発さずに無言で受け取って引き出しにしまったあの日。
それからというもの、俺は毎日、生きた心地がしなかった。
いつ「やはりあなたの免責は認められません」という絶望の連絡が来るか。
電話が鳴るたびにビクビクし、あの狭い賃貸の部屋でただひたすらに結果を待つ時間は、借金取りに追われるのとはまた違う、真綿でじわじわと首を絞められるような苦しさだった。
そんなある日の夕方、俺の携帯電話が鳴った。
画面に表示されたのは、ずっと俺を助けてくれている担当弁護士の番号だった。
心臓が嫌な音を立てて跳ね上がる。
震える指で通話ボタンを押した。
「高橋さん、裁判所から連絡が来ましたよ。債権者集会と免責審尋の日程が決まりました」
電話の向こうの弁護士の声は、いつも通り落ち着いていた。
いよいよ、俺の借金がゼロになるかどうかを決める最後の審判の日が決まったのだ。
普通なら、裁判所からの呼び出し状は家のポストに届くはずだ。
だが、今の俺の家には、そんな重要な郵便物は一切届かない。破産の手続き中である俺宛ての郵便物はすべて、あの管財人の事務所に転送されて中身を調べられているからだ。
自分の裁判の呼び出し状すら、自分の手で受け取ることができない。
他人に自分の人生を完全に管理されているというみじめな現実を、この電話であらためて突きつけられた。
だが、落ち込んでいる暇はない。ついに、この長く苦しいトンネルの出口が見えてきたのだ。
当日。スーツに袖を通した。ネクタイを締める手が、情けないほど震えているのが自分でもわかった。
裁判所の入り口で、弁護士と合流した。
「いよいよですね。大丈夫、今までやるべきことはやってきたんですから、堂々としていれば終わりますよ」
そう励ましてくれるが、極度の緊張で頭の中が真っ白になっていて、言葉は半分も耳に入ってこなかった。
重い足取りで建物の中に入り、指定された待合室の扉を開ける。
すると、そこにはすでにあの管財人が静かに座っていた。
相変わらず、感情を一切読み取らせない氷のような目をしている。
俺が深く頭を下げても、わずかに顎を引くだけで、やはり何も語らない。
俺と弁護士、そして俺の人生の生殺与奪の権を握る管財人。この三人が同じ空間に揃い、これから裁判官の待つ法廷へと向かうのだ。
威圧感のある裁判所の長い廊下を歩く。冷たい床に、靴の音がやけに響き渡る。
この扉の向こうで、俺の過去の失敗がすべて裁かれる。
何百万という大きな借金を抱え、家族を巻き込み、長年住み慣れた家を手放した俺の罪が、白日の下にさらされるのだ。
恐怖で逃げ出しそうになる足を、必死に床に踏みとどまらせた。
だが、逃げるわけにはいかないのだ。
俺は、借金を苦にして死のうとしていた過去の自分と、今まさに金で首をくくろうとしている奴らに向けて、心の中で強く叫んだ。
裁判所という場所は、たしかに恐ろしい。
自分の人生の大きな失敗を、赤の他人に裁かれるのは、死ぬほどみじめで足がすくむ思いがする。
自分の郵便物すら直接受け取れない屈辱も味わう。
だが、勘違いするな。ここは処刑場じゃない。
泥沼から這い上がり、もう一度家族と生き直すための「再生の扉」なんだ。
どんなに厳しい言葉を投げつけられてもいい。どれだけ恥をかいてもいい。
この最後の審判さえ乗り越えれば、あの古い賃貸の部屋で待っている妻と子供たちに、「もう大丈夫だ、全部終わったぞ」と胸を張って言える。
俺は震える両方の拳を強く握りしめ、弁護士と管財人の背中に続いて、重い法廷の扉を開けた。
続く




