第11話 住み慣れた我が家との別れと1円単位の苦しい記録
「家賃、ちょっと高すぎるだろ……」
不動産屋でもらった間取りの紙をにらみつけながら、俺は思わずうめき声を漏らした。
子供たちの学校や生活のこともあるから、なるべく今の家の近くで探したい。
それに、家族4人で生きていくには、どうしても2DK以上の広さがいる。
だが、現実は甘くなかった。
目標はひと月管理費込みで10万円以下の場所だ。
しかし、条件にあう貸し部屋はどれも家賃が高く、とてもじゃないが手が出ない。
おまけに俺は、破産の手続きをしたばかりの身だ。
いわゆるブラックリストに載っている状態で、家を借りるための保証会社の審査に通るかどうかもわからない。
断られるかもしれないという恐怖を抱えながらの家探しは、毎日が薄氷を踏むような思いだった。
何日も不動産屋とやり取りを続け、頭を下げて回った。
そしてやっとの思いで、なんとか10万円におさまる古い賃貸の部屋を見つけることができた。
決してきれいとは言えないが、家族4人が身を寄せ合えるギリギリの広さはあった。
だが、家探しの苦労と並行して、俺の心をゴリゴリと削っていくものがもう一つあった。
毎月やらなければならない重い宿題、家計簿だ。
毎月、直接ノートの家計簿に手書きで書きこんでいく。
ここからが本当に骨の折れる地獄の作業だ。
ただ大まかな金額を書くだけじゃない。
毎日の食料品の買い出しから、数十円の安い日用品まで、1円単位の細かい領収書や買い物の紙の控えを、本当にすべて残しておかないといけないんだ。
手書きでまとめた家計簿に、その山のような1円単位の領収書をすべてそえて、自分を助けてくれている弁護士のところに毎月送りつけないといけない。
「ちゃんと生活を立て直しています」という証明のためだとわかっている。
だが、1円単位の買い物の記録をまとめるたびに、自分の失敗と情けなさを毎月突きつけられているようで、本当に息が詰まるほど苦しかった。
それでも、生きるためにはやるしかない。
命を絶つことなんか絶対に考えない。
家族を守るためには、どんなみじめな思いをしてでも、泥をすすってでも前に進むしかなかった。
同じようにお金で首が回らなくなって、死ぬことばかり考えてるやつらにも、この泥臭いやり方を伝えて、とにかく生きてほしい。
そんな思いだけが、今の俺を動かしていた。
「いよいよ、ここを出るんだな……」
引っ越しの日が近づき、荷物を段ボールに詰め込みながら、俺は部屋の壁をそっとなでた。
長年住み慣れた、自分たちの家。
子供たちが成長し、たくさんの笑顔と思い出がつまったこの場所を、俺の失敗のせいで手放さなければならない。
壁についた子供たちの小さな落書きや、背を測った柱の傷。
それを見るたびに、胸がギリギリとしめつけられるように痛んだ。
自分の城から、借り物の部屋へ。
その落差は、頭でわかっていても、心に重く、冷たくのしかかってくる。
「ごめんな……でも、ここからまた絶対に這い上がるから」
空っぽになりつつある部屋で、俺は誰に聞こえるわけでもなく、小さくつぶやいた。
家は失った。
信用も失った。
でも、家族の命だけはここにある。
失ったものを嘆くのは、もうやめだ。
この新しい賃貸の部屋から、俺はもう一度、必ず立ち上がってみせる。
続く




