第10話 新たな住まいへのカウントダウンと他人の手を渡る郵便物
テーブルの上に広げられた何枚もの物件情報の紙を、俺はただ黙って見つめていた。
「やっぱり、家族4人となると厳しいな……」
誰に言うともなく、ため息まじりにこぼした言葉は、静かなリビングにむなしく響いた。
俺たちには、まだまだ手のかかる子供たちがいる。
だから、家賃の安い手狭なマンションに家族を押し込むわけにはいかない。
最低でも、普通の2DK以上の広さがあるマンションが必要だった。
それは父親としてのせめてもの意地であり、絶対に守るべき最低限の条件だ。
だが、現実の壁はとてつもなく高く、そして冷たかった。
なにしろ、俺は破産の手続きをしたばかりだ。
信用情報に傷がつき、いわゆるブラックリストに名前が載り始めている。
そんな状態で、まともな入居審査が通るのか?
不動産屋が間に入れる保証会社の審査なら、今の状態でもなんとか通るはずだという計算はあったが、不安で夜も眠れない日が続いていた。
そして、破産という現実をさらに突きつけてくるのが、日々の郵便物だった。
今の俺には、裁判所から選ばれた「管財人」がついている。
そのせいで、俺宛ての郵便物は、家の郵便受けには直接届かない。
すべて一度、その管財人の事務所に送られ、中身を確認されてから、まとめて俺のところに送られてくるんだ。
財産を隠していないか調べるための、法律で決められた手順だとはわかっている。
それでも、自分宛ての手紙や書類を、まず赤の他人に開けられて隅々まで見られるというのは、どうしようもなくみじめで、情けない気持ちになった。
自分の生活すべてが見張られているような、息苦しい毎日だった。
そんな重苦しい日々の中で、住み慣れたこのマンションを手放すための「任意売却」の手続きは進んでいた。
手続きを始めてから、買い手が現れて実際に売却が決まるまで、長く苦しい5ヶ月という時間がかかった。
ようやく売れたという知らせを聞いた時は、肩の荷が下りたような深い安心感があった。だが、それもつかの間だった。
売れたということは、つまり「ここを出ていかなければならない」ということだ。
猶予は、長くて3ヶ月、早ければ2ヶ月で、この家を空け渡さなければならない。新たな時間の期限が、容赦なく俺の首を絞めにかかっていた。
一番の悩みの種は、引っ越しにかかる現金だった。
破産して余裕がない状態の俺に、数十万という引っ越し費用を一括で払うのは正直言って厳しい。まだ、そこまで貯まってなかった。
途方に暮れていた俺に、思わぬところから助け舟が出た。
今回の売却を担当してくれた不動産屋だ。
彼らから、引っ越し費用として20万円ほどの金を出してくれると言うのだ。
「本当ですか……?」
担当者の顔を見た時、俺は思わず声をつまらせそうになった。それだけじゃない。
銀行の方からも、少しばかりだが10万円ほど引っ越し費用を出してくれるらしいのだ。
合計すれば、30万円。
決して余裕のある額ではないし、削れるところは徹底的に削らなければならない。
だが、新しい2DK以上の部屋を借りて、家族4人でそこへ移り住むための、最低限の切符はようやく手に入れたのだ。
俺は、テーブルの上の紙を力強く握りしめた。
「よし……やってやるよ」
これから2、3ヶ月の間に、俺はなんとしても新しい生活の土台を作らなければならない。
郵便物を見張られようが、信用情報が真っ黒だろうが、這い上がってみせる。
窓の外を見ると、いつの間にか日が沈みかけていた。
俺たちの新しい戦いは、もう始まっている。
続く




