お土産
「昨日はアルバイト、ドタキャンしちゃってすみませんでした!」
翌朝、ティールームに着くなり、俺は仕込み中のリッジウェイさんに勢いよく頭を下げた。キッチンには焼き菓子の甘く香ばしい香りが漂い、開店前の店内はオーブンの音だけが響いていた。
「全然気にしなくていいよ。おばあさま、お元気だった?」
リッジウェイさんは手を止め、朝の光そのもののような笑顔を向けてくれる。
「はい、ありがとうございます。すごく喜んでくれました」
俺は手に提げていた紙袋から、お茶の缶を取り出した。
「それで……これ、祖母が地元で人気のお茶屋さんの煎茶を『リッジウェイさんとミーキンさんへのお土産に』って持たせてくれたんです。でも……イギリスの方って、緑茶なんて飲みませんよね?」
「そんなことないよ。イギリスの人たちだって、昔は紅茶じゃなくて緑茶を飲んでいたんだから」
「えっ、そうなんですか?」
「うん。東洋の磁器をそっくり真似して作っていた頃は、まだ中国からの緑茶が主流だったんだ。……そうだ、試しにその頃のカップで飲んでみる?」
「飲んでみたいです!」
前のめりになった拍子に、缶を持つ手にぎゅっと力が入る。ふと思い出して、俺は付け足した。
「あ、ミーキンさんにも声かけましょうか」
「彼は今、お客さんとブランチ中なんだ」
「そういえば……ミーキンさん、営業時間外でも占いのお客さんの悩みを聞いてあげてるって言ってましたね」
「あはは、そうだね。朝から忙しくて大変そうなのに、本人はまったく懲りないんだ」
リッジウェイさんは、呆れているようで、けれどどこか誇らしげに目を細めた。困ったような、それでいて温かい笑い方だった。
彼がカウンターの奥から取り出してきたのは、青と白で果物が鮮やかに描かれた小さな器だった。持ち手がなく、日本の湯呑み茶碗と茶托を思わせる形をしている。
「これはティーボウルって言ってね、コーリーという窯の作品だよ」
リッジウェイさんが、ポットから静かに緑茶を注ぐ。見慣れない洋風の器から、ふわりと馴染み深い煎茶の香りが立ちのぼって、なんだか不思議な気持ちになった。
「当時はね、カップから深めのソーサーにお茶を移して飲む人もいたんだ」
「えっ!? なんでわざわざそんなことを?」
「エレガントな作法だったからとか、猫舌だったからとか、カップ自体をポット代わりにしていたからとか……色々と説はあるけど、どれも正解なんじゃないかな。……あ、石野君、試してみたい顔してる。やってみる?」
試したくてウズウズしているのが、あっさり見透かされてしまった。頬が少し熱くなる。
「……いいんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、リッジウェイさんは楽しそうに頷いた。
「いいよ。俺も久しぶりにやってみようかな」
慎重にカップを持ち上げ、深さのあるソーサーへと緑茶を移す。お茶の緑が、ソーサーの青い絵柄の上で揺れた。
「うわ、分量がぴったりですね!」
「うん。ちゃんと計算して作られているんだよね」
両手でソーサーを支え、そっと口をつける。茶道のお手前をやっている気分だった。正直、カップで直に飲むほうが飲みやすいけれど、これはこれで風情があって悪くない。
ふと前を見ると、リッジウェイさんも片手で器用にソーサーを持ち、涼しい顔でお茶を口に運んでいた。
所作の一つ一つが、なぜか自然に見えた。
ソーサーの縁越しに、お互いの視線がぱちんとぶつかる。
「「……ふっ」」
なんだか急におかしくなって、二人して吹き出してしまった。
朝の光が差し込む店内で、二人してソーサーからお茶を啜っている。湯気の向こうでリッジウェイさんが笑っている。
——素敵なお土産を持たせてくれた、おばあちゃんに感謝だな。
俺は、じんわりと胸に広がるその温かさを、そっと胸の奥にしまい込んだ。




