ハロウィンの準備
ドラキュラの衣装を買い込んで帰宅した俺は、さっそく作業に取りかかった。
一緒に買ってきたスパンコールや金属のチャーム、漆黒のレースを使って、既製品の衣装を豪華にカスタムしていく。
手を動かしながら、ドラキュラモチーフの内装も頭の中で組み立てていく。
フロアの照明は、いつもよりぐっと薄暗くして、キャンドルスタンドを置いたらどうだろう。本物の火を使うのが安全上難しそうなら、ゆらゆら揺れるLEDキャンドルで雰囲気を出したい。内装に必要なのは、ドラキュラ伯爵の城みたいな重厚感だ。テーブルや棚には、真っ赤なバラをたっぷりあしらったフラワーアレンジメントも置いてもらおう。
こんなロマンティックな空間に、ドラキュラに扮したお二人が現れたら、お客様は虜になってしまうに違いない。
そういえば……ファンサービスって、具体的に何をすればいいんだろう?
写真撮影は、当然あるよな。首筋に今にも噛みつきそうなポーズを、リクエストされたりするんだろうか。まあ、俺にそんなポーズを頼んでくる物好きはいないと思うけど。
ミーキンさんなら、どんなリクエストも爽やかにこなせそうだ。でも、リッジウェイさんはどうだろう。真面目な人だから、頼まれたら断れずに、無理をしてしまうんじゃないだろうか。
ファンサだとわかってはいても、なんだか……うん、嫌だな。
いやいや! ここはプライベートな感情と切り離して考えないとだめだ。せっかくのハロウィンなんだから、お客さんに全力で喜んでもらわないと!
そんなふうにあれこれ考えながら夢中で作業を続けていたら、気がつくと、スパンコールをひと箱丸ごと使い切っていた。両手の指先は、乾いたボンドでカチコチになっている。
*
今回のハロウィンパーティーは、たった1日限りの特別イベントだ。完全予約制で告知を出した途端、申し込みが殺到して、即日抽選になった。見事プラチナチケットを射止めたのは、いつもお店を愛してくれている常連さんたちだった。
いよいよハロウィン当日。
俺は朝早くからバイト先へ向かった。重い扉を開けてフロアに足を踏み入れると、コールポートの紺色のバットウィングのティーセットがずらっと並べられていた。
いつもお客様にお出しするときは、カップ単体で見ていた。けれど、こうしてセットで揃うと、圧巻だ。圧倒的な存在感がある。
「おはよう、石野君」
カウンターの向こうから、リッジウェイさんが柔らかく声をかけてくれた。
「おはようございます! ……バットウイング、すごく華やかですね!」
「そうだね。紺色は当時とても人気で、たくさん作られた分、比較的状態のいいものが残っていて、揃えやすいんだ」
「食器だけじゃなくて、同じ柄のキャンドルスタンドまであるなんて……」
「19世紀末にね、コールポートは豊かになった中産階級向けの食器に力を入れて、大成功したんだよ。ロンドンのハロッズに食器売り場ができたのも、ちょうどその頃でね」
「へえ……そうなんですね。当時のデパートの食器売り場なんて、きっと豪華でクラシカルで、夢みたいな空間だったんでしょうね」
今ではアンティークとして大事にされている名品たちが、新品としてキラキラと売り場に並んでいた時代。そんな光景を想像するだけで、わくわくしてしまう。
俺は、両肩に食い込んでいた大きなトートバッグをふたつ、そっと床へ下ろした。
「衣装と小物を持ってきたので、さっそくフロアの飾り付けから始めますね!」
「ありがとう。よろしくね」
黒いベルベットの布を切り抜いて作ったコウモリや、毛糸を丁寧につなぎ合わせた蜘蛛の巣を、壁一面に飾っていく。さらに、外の光が漏れて雰囲気が壊れないよう、AI画像で作った夜の深い森のポスターを、窓全面に貼った。
「わぁ……すごいね、石野君!」
作業を終えて振り返ると、リッジウェイさんが目を丸くして感心していた。
「これだけ用意するの、すごく大変だったんじゃない?」
「全然です! 作っている間も楽しくて……どうでしょうか、ドラキュラ城っぽく見えますか?」
「うん、雰囲気がすごくよく出てるよ。素晴らしいな」
「よかったです! あと……これ、俺たちの衣装です」
もうひとつのトートバッグから、何日もかかってアレンジしたドラキュラの衣装を取り出す。スパンコールと漆黒のレースを施したマントは、我ながら既製品とは思えないほど重厚な仕上がりだ。
「うわぁ……かっこいいね……!」
衣装を手に取ったリッジウェイさんの瞳が、少年のようにきらきらと輝いている。お世辞じゃない、本気の反応だとわかって、胸がじんわり熱くなった。苦労して作った甲斐があった。
「お二人がこれを着たら、お客様は絶対に大喜びしますよ! 当日は、ぜひ写真撮影のタイムを取ってくださいね!」
「そうだね……。あ、ミーキンからも聞いたんだけど」
リッジウェイさんは少し困ったように眉を下げ、照れくさそうに首の後ろをかいた。
「俺、そういうファンサービスみたいなの、今まで一度もしたことがなくて。石野君、もしよかったら……練習相手になってもらえるかな?」
「ファ、ファンサの練習相手ー!?」
思わず裏返った声が、フロアに響き渡る。
「う、うん……」
「は……はい……っ」
顔に一気に血が上るのを感じながら、蚊の鳴くような声でそう答えるのが精一杯だった。
本番を前に、果たして俺の心臓は、最後までもつのだろうか。




