ハロウィンの計画
文化祭が無事に終わった。さあ、今日からティールームでのバイト再開だ。
放課後、俺はいつものように『ローズ&クラウン』のバックヤードへ向かった。紺色のブレザーを脱ぎ、茶色のエプロンの紐をきゅっと結ぶ。たった数日離れていただけなのに、腰に回る布の感触がやけに新鮮で、帰ってきたんだなぁとじわじわ実感が湧いてくる。
キッチンに顔を出すと、リッジウェイさんが焼き上がったばかりのスコーンをお皿に取り分けているところだった。ふわりと漂うのは、ほんのり甘いかぼちゃの香り。季節限定のスコーンだ。
「お疲れ様です!」
「石野君も学校お疲れ様。文化祭明けで疲れてない?」
「全然大丈夫です。文化祭ではたくさんお世話になって、本当にありがとうございました」
「ううん、俺たちも楽しかったよ。じゃあ、今日もよろしくね」
「はい!」
ほかほかのスコーンの皿をトレイに載せ、フロアのテーブルへ運ぶ。お客様にお出ししてキッチンへ戻ろうとしたとき、ふと棚の一角に飾られた謎の物体が目に留まった。
紫がかった、ゴツゴツした根菜。その表面に目と口が不格好に彫り抜かれていて、中に仕込まれたLEDキャンドルの光が、ぼうっと怪しく揺れている。
「あのー……リッジウェイさん。あそこに置いてあるのは、何ですか?」
「あぁ、あれはカブのランタンだよ。ハロウィンが近いから作ってみたんだ」
「カブ?かぼちゃじゃないんですか?」
「イギリスでは昔からカブなんだ。かぼちゃより小さくて硬いから、中をくり抜くのがすごく大変なんだけどね」
リッジウェイさんは困ったように笑う。その横で、俺ははたと気がついた。
ーーハロウィン!
文化祭の準備に夢中で、すっかり忘れていた。世間はもうすぐハロウィンだ。今頃どこのお店も、オレンジ色の大きなかぼちゃやコウモリの飾りで、華やかになっているはずだ。
それに比べて、この店内は。
落ち着いた秋色のフラワーアレンジメントと、小さなドライフラワーのリースが、控えめに飾ってあるだけ。どう見ても、ハロウィンらしくない。
「あのー……俺が思い描いているハロウィンと、だいぶ感じが違うんですけど」
「あぁ、日本のハロウィンはアメリカの影響が大きいからね。イギリスだと、11月5日のガイ・フォークス・デイの方が盛り上がるんだよ」
「ガイ・フォークス・デイ?」
「昔、国会議事堂を爆破しようとして失敗した人がいてね。子どもたちがその人の人形を作って、街を歩いて、最後に燃やして、花火でお祝いするんだ」
「……なんだか物騒なお祭りですね。そのテロって、いつ頃の話なんですか?」
「400年くらい前かな」
「大昔ですね……」
絶対に日本には輸入されないお祭りだな、と心の中で呟く。
とにかく、イギリスのハロウィンが地味めなのはわかった。だがしかし、ここは日本なのだ。
「あの! うちのお店も、日本のハロウィンに寄せてみませんか?」
「えっ……?」
「言いにくいんですけど、このままだと、お客様が期待しているハロウィンとズレちゃうと思うんです」
「そうかぁ……実はミーキンとも、飾り付けをどうしようかって話してたんだよね。石野君が文化祭を終えて戻ってきたら、考えてもらおうかって」
「何でもっと早く言ってくれなかったんですか!? やりますよ! 仮装もやりましょう!」
「仮装? 小さい子どもでもないのに?」
戸惑うリッジウェイさんに、俺は思わず身を乗り出した。
「渋谷で若者が集まって、仮装して大騒ぎするの、ニュースで見たことありませんか? それに漫画だと、イケメンのハロウィンの仮装といえばドラキュラって相場が決まってるんです! お二人が黒マントを着たら絶対かっこいいですよ。お客様も大喜びです!」
「ええ〜……」
苦笑いするリッジウェイさん。ちょうどそこへ、ミーキンさんが空の占いカップをトレイに載せて戻ってきた。
「お、石野君。お疲れー。なんか盛り上がってるけど、何の話?」
「ミーキンさん! ハロウィン当日だけでいいので、ドラキュラの衣装を着てください!」
「あー、その話か。いいよー。でもさぁ、どうせやるなら、でかいビールジョッキの着ぐるみとか、もっと変なやつのほうがウケなくない?」
「だめです! それはイケメンの無駄遣いです!」
「あはは!」
からりと笑うミーキンさんに、俺は必死で食い下がる。
「ドラキュラが嫌なら、狼男とか、フランケンシュタインとかもありますから!」
「ふーん、そっか。じゃあ任せるよ。……で、石野君は何着るの?」
「え?」
一瞬、頭が真っ白になった。
ドラキュラ、狼男、フランケンシュタイン。そこに俺が加わったら……。
(……怪物くんじゃん!)
似合うかもしれない、などと一瞬でも思ってしまった自分が悔しい。俺は心の中で、違うだろ!と自分にツッコミを入れた。
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俺はハロウィンの仮装のアイデアを練るべく、ドンキのパーティーコーナーを訪れていた。
天井近くまで積まれたパッケージの山。季節柄、衣装コーナーは目移りするほどの品揃えで、よりどりみどりだ。
思えば、俺がハロウィンの仮装をするのは、小学校低学年のとき、英語教室のイベントで着て以来だった。あのときは、お母さんが用意してくれた、かぼちゃの頭巾つきのオレンジ色のケープをすっぽりかぶっていた。頭巾には綿がぎゅうぎゅうに詰まっていて、頭が蒸れて痒かったのを覚えている。
とはいえ、大人向けの衣装となると雰囲気はガラリと変わる。やたらセクシーなのや、血みどろで怖いのや、ウケ狙いのネタ系は除外するとして、さて何がいいだろう。
上品なお二人に似合いそうなのは、ハリポタ風のローブだろうか。それなら俺が混ざっても浮かない気がする。
もし俺たちにホグワーツの寮を割り当てるなら、明るくて頼もしいミーキンさんはグリフィンドール、穏やかで知的なリッジウェイさんはレイブンクロー。マニアックな俺は……ハッフルパフかな。うん、しっくりくる。
ハリポタ風も捨てがたいな、と思いながら棚の奥へ進むと、王道のドラキュラの衣装が目に飛び込んできた。
漆黒のロングマントに、裏地は深いワインレッド。
お二人がこれを着たところを想像してみる。
……これは、やばい。間違いなく、めちゃくちゃかっこいい。ゲームや漫画のイケメンドラキュラなんて、軽々と超えてくる。お二人が元々持っている品の良さに、ダークな色気が加わって、そんな姿で首筋に噛みつかれそうになったら――
「石野君」
耳元で囁かれ、キャー!と声が出そうになった。
心臓がバクバクいっている。振り返ると、そこに立っていたのはミーキンさんだった。
(え、妄想の続き……!?)
「み、ミーキンさん!?なんでここに?」
「ごめんごめん。あんまり熱心に見てるから、つい驚かせたくなっちゃってさ」
「い、いえ、大丈夫です……。びっくりした……俺たちのハロウィンの衣装を選んでたところで」
「へえー、すごい量だね。あ、これがドラキュラ?」
「はい。いかがですか? ……ただ、これを着ると、お客様から求められるサービスが、かなり濃いめになる気がするんですが……」
「あー……はは、なるほどね。俺は別にいいけど、リッジウェイはそういうノリ、得意じゃなさそうだな」
「ですよね……」
「こっちの魔法使いのローブとかは?」
「あ、そうですね。すごく似合いそうです」
「石野君は、オオカミ男とか黒猫なんかが似合いそうだけど」
「動物系ですか……。俺が着ると、子どもっぽくなりませんか?」
「そんなことないと思うけど……あ、でもさ、いっそ皆ドラキュラで揃えちゃうのもありじゃない? 普段とのギャップがあって、お客様も絶対喜ぶよ」
「えっ、そうですか?……リッジウェイさん、乗ってくれますかね?」
「大丈夫だって。それにさ、ドラキュラって、もともとブラム・ストーカーって作家が書いた英文学なんだぜ」
「ええっ!?そうなんですか?」
英文学。その一言で、頭の中でバラバラだったピースがカチリとはまった。
「それなら話は別です!ドラキュラモチーフのクラシカルな内装にして、食器は……コールポートの『バットウィング』を使いましょう!」
「いいねー!」
英国文学に、アンティーク食器に、ドラキュラ。ドラキュラコンセプトのティールーム!
ハロウィンがこんなに楽しみなのは、生まれて初めてだった。




