プレゼント
休み時間の教室。俺が席で陶磁器の専門書を開いていると、影が二つ降ってきた。山田と鈴木だ。
「またそんなの読んでんのかよ、湊」
「隙間時間は有効に使うんだよ」
「お前、最近そればっかじゃん」
「いいんだよ。これが俺の『推し活』なんだから」
ページから全く目を離さずに答えたが、二人は諦めて向こうに行く気配がない。チラッと顔を上げると、鈴木の方がなんだかもじもじしながら、何か言いたそうに口をもごつかせていた。
「……何? 用事?」
「あのさぁ。お前に、ちょっと相談があるんだけど」
俺は本をパタンと閉じた。
「なに? どうした?」
「えっとー、そのー……悪い。ここじゃ無理だから、ちょっと廊下出て」
「なんだよ、もう」
三人で廊下に出ると、鈴木はキョロキョロと周りを警戒するように見渡してから、意を決したように口を開いた。
「女の子ってさ、男から何をもらったら喜ぶかな?」
「好きな男からなら、何でも嬉しいんじゃねーの?」
俺が即答すると、鈴木はさらに顔を赤くする。
「いや、そうじゃなくて……『仲は良いけど、まだそこまでじゃない男』からだったら?」
「何の話なんだよ、一体」
「怒るな、湊。まあ話を聞いてやってくれよ」
見かねた山田が仲裁に入る。鈴木は小さく咳払いを一つ挟んでから白状した。
「あー……つまりだな。好きな子の誕生日に何かあげようと思うんだけど……マグカップがいいかなと思って……でも、どう選んだらいいかさっぱり分からなくて」
「なんで、マグカップ?」
「だって、実用的だし、何個あっても困らないじゃん。見栄えする割に、予算的にも買いやすいし……。お前、いつもティールームで女の子たちを見てんだろ? なんか好みとか流行りとか、そういうの分かるかなぁって。食器にも詳しそうだしさ」
「まぁ、そりゃ仕事柄少しはね。だけどさ、まずはその子のことを観察しなきゃ始まらないだろ。お前、その子のことどのくらい知ってんの?」
短い沈黙。
「どのくらいって、例えば?」
「身に付けてるもので、好きなキャラクターとか、好みの雰囲気とか大体わかるじゃん」
「身に付けてるもの? だって学校じゃ制服だぞ」
「ばーか」
俺は呆れてため息をついた。
「ペンケースとか、スクバにつけてるマスコットとか、スマホのアクセサリーとか、色々チェックするところはあるだろ」
俺の指摘に、二人は「おお……」と妙に感心して頷いている。
「てか、誰だよ。その好きな子って」
「……宮崎」
宮崎さん。俺のすぐ前の席の子だ。確かにクラスでも可愛いと評判の人気者だが、俺は全く興味がなかったので盲点だった。
記憶の糸を手繰り寄せる。
「ペンケースは確か、ニキのぬいぐるみのやつ。クマだったはず」
「おお〜っ!」
二人が揃って声を上げる。
「カバンについてるマスコットは?」
「パディントンベア」
「すげえ!スマホは?」
「スマホは知らねえ。そこはお前が今度、自分で気をつけて見ろよ」
「わかった!」
「でも、とりあえずクマが好きだってことは分かるだろ。クマのマグカップにすればいいんじゃね?」
「うーん、でも、その辺の雑貨屋で売ってるのだと嫌なんだよなぁ。誰かと被りそうだし」
鈴木のこだわりを聞いて、俺は少し考えた。
(あ……ある。あそこなら、絶対に被らない特別なやつが)
「俺のバイト先にあるわ。今日の放課後、ショップの棚を見に来いよ」
「マジで!? 助かる!」
鈴木は大喜びで、俺の両手をぎゅっと力任せに握りしめた。
放課後。俺たち三人は、ティールームに向かった。
二人が店に来るのは、俺がバイトを始めた直後以来だ。その時もスコーンを絶賛してくれたものの、あの優雅でキラキラした英国の雰囲気に男子高校生二人は気後れしたのか、それ以来足が遠のいていた。今日も店の前で二人揃って一瞬立ち止まり、扉の向こうの落ち着いた照明とアンティーク家具を覗き込んで、小さく息を呑んでいた。
チリン、とドアベルを鳴らして店に入る。
「いらっしゃいませ」
奥からリッジウェイさんが顔を出し、俺たちだと気づいてにこっと微笑んでくれた。
「友達がショップの方を見たいそうなんですけど、俺が案内してもいいですか?」
「もちろん!ゆっくり見ていってね」
リッジウェイさんの笑顔を見て、俺の心に営業魂が宿る。
(こうなったら、鈴木には絶対うちで買ってもらわないと。もし買わないなら、ティールームの方で高い紅茶でも飲ませてお金を落とさせよう……)
そんな黒い計算を胸に秘めつつ、二人を物販スペースのヴィンテージコーナーへ案内した。
そこには、世界中で愛されるキャラクターたちのヴィンテージ・マグが美しく並んでいる。ロイヤルドルトンの『くまのプーさん』、ウェッジウッドの『ピーターラビット』、そして、コールポートの『パディントンベア』。
「これ、全部30年くらい前のデッドストックなんだ。当時の小売店で売れ残ってた新品を買い付けてるから、状態はめちゃくちゃいいよ。ほら、箱付きのやつもある」
「へー! なんか高級感あって良さそう。でも、絵がちょっと昔の絵本っぽいな?」
山田が箱を覗き込む。
「そう、原作の挿絵のタッチだから、ディズニーのプーさんとか、最近の映画のパディントンとは雰囲気が違ってクラシックだろ? これ、一見ただのキャラクターものだけど、実は子供用の高級食器シリーズなんだ。素材も本物のボーンチャイナだから、作りがすごく上品なんだよ」
「こんな上等なやつを子供が使うのか? 子供用って、もっとプラスチックとかの赤ちゃんっぽいやつをイメージしてたわ」
鈴木が不思議そうにマグを持ち上げる。
「イギリスの良いご家庭ではね、小さい頃からあえて『本物の食器』を使わせるんだってさ。割れるものを丁寧に扱うことで物を大切にする心を育てたり、本物に触れさせて美的感覚を養ったり……そういう文化があるらしい」
「へえ、なるほどなぁ。深いわ……」
鈴木はマグに描かれた、黄色い帽子をかぶった小さなクマをじっと見つめ、決意を固めたように顔を上げた。
「俺、このパディントンにする」
「俺もこれがいいと思う。おしゃれだし、宮崎さんにぴったりじゃん」
山田も太鼓判を押す。
「お買い上げありがとうございます!」
俺は店員スマイルを浮かべ、コールポートのパディントンマグを丁重にラッピングし、英国風のチェックのリボンを結んだ。
翌朝。
俺は、鈴木が始業前の廊下で、照れくさそうに宮崎さんにプレゼントを渡している現場を偶然目撃してしまった。
宮崎さんは丁寧に包みを解き、中身を見た瞬間、ぱあっと顔を輝かせた。
「わあ、かわいい! 私、パディントン大好きなの!」
お世辞や嘘じゃないことは、彼女のキラキラした目を見ればすぐに分かった。鈴木は耳まで真っ赤にしながら、本当に嬉しそうにデレ〜っとしていた。
(うん、いい仕事をしたな、俺)
自分のことのように誇らしい気持ちで、俺は教室の席についた。
しかし、終業後。
「湊、ちょっといいか」
山田と鈴木が、教室を出ようとする俺を呼び止めた。
「昨日はありがとな。宮崎めっちゃ喜んでくれたわ」
「そっか、よかったな」
俺は努めて明るく返した。まあ、朝の様子を見て知ってたけど。
「だが、しかしだ」
鈴木の声のトーンが、奈落の底まで一気に落ちる。
「さっきさ……ちょっと宮崎のスマホが机の上に見えたから、観察してみたんだわ」
「おう。何か新たな情報でもあったか?」
「スマホカバーの裏の透明なところにさ……知らないイケメンの写真が挟まってた」
「あ、そう。アイドルか何かの写真じゃなくて?」
「……学ラン着てた。他校の」
「あー……」
それは完全に「リアルな彼氏」だ。
俺が言葉を失っていると、山田がそっと、鈴木の力を失った肩をポンと叩いた。廊下の窓から差し込む夕日だけが、二人の間に流れる沈黙にはお構いなしに、やけに眩しく赤く燃えていた。




