SSR
昼休み、俺は友達の鈴木と山田とスマホゲームで遊んでいた。
「よし、今から十連いくぞ!」
山田が気合を入れて画面をタップする。鈴木も身を乗り出した。
「来い、SSR! 」
派手な演出のあと、キャラクターがずらりと並ぶ。
「……全部ノーマルじゃねえか!」
「うわ最悪!」
山田が机に突っ伏した。
――俺にも、あんな時代があったなぁ。
ついこの間のことのようでいて、はるか昔のことのようにも感じる。
今の俺は、ゲームよりも陶磁器とバイトに夢中なのだ。
それにしても、ノーマルか。
「あー……俺も最近、ハズレ扱いされてるんだよな」
「は、何の話?」
「バイト先での店員ガチャ」
「店員ガチャ?」
俺の働くティールームには、店長のリッジウェイさんと、先輩のミーキンさんがいる。
「常連のお客さんでさ、店長さん目当ての人がいるんだけど、俺が接客すると露骨にがっかりすんだよ」
「え、そんなに?」
「うん。あ、また君か……みたいな顔される」
鈴木が苦笑した。
「それ、地味に辛くね?」
「だろ?ミーキンさんは、紅茶占いとかショップのレジ対応とかで確実に会えるんだよ。でも店長はキッチンにいることが多いからさ」
「ああ、店長だけレアなんだ」
「そう、SSR。で、俺は何回引いても出てくるノーマル」
「ははっ、湊、出すぎ」
山田が笑う。
「笑うなよ。結構気にしてんだから」
「じゃあ、店長呼べば?」
「忙しいのに毎回呼べないだろ」
「そりゃそうか」
結局、いい解決策は浮かばなかった。
*
放課後、バイト先のビルに着くと、エレベーターの前に例の常連さんがいた。
「こんにちは!」
笑顔で挨拶すると、彼女は少しぎこちなく会釈した。
「……こんにちは」
そのままふたりでエレベーターに乗る。
気まずい。
俺がバイトを始める前は、もっとリッジウェイさんと話せてたのかな。
だとしたら、俺、邪魔しちゃってるのかな……
四階に着き、ドアを押さえて彼女を先に通す。そのまま彼女は店の順番待ちの列に並んだ。
俺はバックヤードへ回り、ネクタイを外し、茶色のエプロンを付けた。キッチンに顔を出すと、甘い香りがふわりと漂ってきた。
「石野君、学校お疲れ様。ちょうどいいところにきたね」
リッジウェイさんが焼きたてのスコーンを見せてくれた。
「見て。今日は抜群の出来だよ」
こんがり膨らんだスコーンの側面には、『オオカミの口』と呼ばれる割れ目がぱっくり開いている。
「いつも美味しそうですけど、今日は何が違うんですか?」
「今日は生地の状態が良かったんだ。涼しくてカラッとしてるからね」
「天気で変わるんですか?」
「結構変わるよ。同じように作ってもね。お菓子作りには、今くらいか、秋がいいね」
……なるほど。リッジウェイさんも、オーブンでガチャ引いてたんだな。
もっとも、この人の場合はほぼSSR確定なんだろうけど。
*
フロアに出ると、例の女性の順番が来たところだった。俺はドアを開け、彼女を迎え入れる。
「いらしゃいませ。ご案内します」
……ノーマル、一回目。
お水とメニューを出す。
……ノーマル、二回目。
「クリームティーセットをお願いします」
「かしこまりました」
……ノーマル、三回目。
――そろそろ出てほしいところだ。
しばらくして、注文されたスコーンと紅茶が出来上がった。
トレイを持ち上げかけて、ふと考える。
この人はリッジウェイさんが好きなんだよな。
だったら、俺にも何かできないだろうか。
……あ、そうだ。
「お待たせいたしました。クリームティーセットです」
テーブルにスコーンと紅茶を並べる。
「こちらのカップは、シェリーが1930年代に作ったワイルドフラワーという作品です」
「はい」
「あの、今日のスコーンなんですけど」
「はい?」
「リッジウェイさんが、すごくいい出来だって喜んでたんですよ」
女性が顔を上げた。
「……そうなんですか?」
「はい。今日は天気も良くて、焼き上がりが最高なんだそうです」
「あの方、本当にお菓子作りが好きですよね」
「そうなんです。さっきも嬉しそうに眺めてました」
「ふふっ」
……笑った。
この人が俺の前で笑ったの、初めてだ。
「ぜひ、温かいうちにどうぞ」
「ありがとう」
今度は、俺の顔を見て言ってくれた。
少し離れた場所から様子を窺うと、彼女はスコーンを一口食べ、満足そうに目を細めていた。
よかった。
そして、会計のため席を立ったところで、俺はキッチンへ向かった。
「リッジウェイさん、ここ代わります。お会計お願いできますか?」
「え? ああ、いいよ」
レジに向かうリッジウェイさん。
その姿を見た瞬間、女性の顔がぱっと明るくなった。
ーーSSR出現ーー
大当たりの笑顔だ。
(よし、いい仕事した!)
心の中でガッツポーズを決めた。
*
「石野君、さっきのお客さん、スコーンがすごく美味しかったって」
キッチンに戻ってきたリッジウェイさんが、嬉しそうに言った。
「本当ですか?よかったですね!」
俺も嬉しくなった。だが、やっぱり気になることがある。
「あの、リッジウェイさん」
「ん?」
「最近フロアに出ませんよね」
「ああ、そうだね」
「常連さん、もっと話したがってると思いますよ」
リッジウェイさんは少し笑った。
「そうだね。最近、石野君もすっかり慣れたからね」
「それとフロアに出ないのって、関係あるんですか?」
「あるよ。お客さんにも石野君の顔を覚えてもらわないと」
思わず顔を上げた。
「え……それで、俺にフロア任せてたんですか?」
「まあ、それだけじゃないけどね。もう安心して任せられるし」
そう言って、いつものように笑う。
してやられた。てっきり、忙しいからだと思ってた。
もちろんそれもあるだろうけど。
「でも、たまにはフロアに出てくださいよ。SSRもあんまり出ないと、お客さん離れちゃいますよ」
「えす、えす、あーる……?」
「誉め言葉ですよ」
「そうなんだ?ありがとう」
リッジウェイさんは嬉しそうに笑った。
……やっぱり、この人はSSRだ。




