紅茶占い
今日もティールームは、店の外までズラリと行列ができていた。俺はメモ帳片手に、「カフェ」「ショップ」「紅茶占い」――お客さん一人ひとりに利用目的を尋ねていく。
「はい、ではショップご利用のお客様、どうぞお入りください! ……紅茶占いのお客様は、この後すぐにご案内いたしますね」
店主のリッジウェイさんとミーキンさん。今までよくこの二人だけで店を回してきたなと、つくづく感心してしまう。俺が手伝えるのは夕方の四時から六時までのたった二時間だけだが、その間ですら息をつく暇がない。
チン、とエレベーターの扉が開き、また新しいお客さんがやってきた。
「今日も混んでるね」
「ほんとだ。あと何分くらい待ちますか?」
「一時間ほどかと」
「じゃあ、また今度にしようかな」
「大変申し訳ございません。またのご利用を心よりお待ちしております!」
それにしても、このティールームは驚くほど常連さんが多い。働き始めてまだ一週間なのに、もう顔と名前が一致するお客さんが何人もいる。
古き良きイギリスの空気をそのまま閉じ込めたような、可愛らしく居心地のいい店内。とびきり美味しい紅茶とお菓子。――そして何より、彼女たちを引き寄せているのは間違いなくあの二人の存在だ。
最近は街でも外国人観光客をよく見かけるようになったけれど、男の俺の目から見てもあの二人のビジュアルは別格だった。国宝級――いや、もはや世界遺産級と言ってもいい。
◇
「紅茶占いご希望のお客様、奥のお部屋へどうぞ」
ショップ奥の個室へ案内する途中、前の客とすれ違いになった。一瞬、客同士でチラッと視線が絡む。心なしか、棘のある目線だった気がする。
けれど部屋のドアを開けると、ミーキンさんが極上の笑顔でお客さんを迎える。それだけで、さっきまでの刺々しさが噓のように解けてしまうのだから恐ろしい。
俺はキッチンへ戻り、一人用のポットと紅茶占い専用のティーカップをトレイに乗せて運ぶ。このカップがまた不思議な作りをしていた。外側は可憐な花柄なのに、内側にはぎっしりとトランプの絵柄が敷き詰められている。
準備を終えて、キッチンで仕込みをしていたリッジウェイさんに聞いてみた。
「紅茶占いって、俺、ここに来て初めて知りました。イギリスではメジャーなんですか?」
「そうだね。二十世紀の初め頃にすごく流行ったんだ。専門の占い師が登場したり、いろんなメーカーが占い用のカップを作ったりしてね」
「へぇー!」
「占い方はメーカーによって違うんだけど、ミーキンが使ってるのは『アルフレッド・ミーキン』ってメーカーのトランプ柄のカップなんだよ」
「えっ、偶然同じ名前なんですか?」
「あ……うん、よくある名前だからね」
一瞬だけ、リッジウェイさんの言葉が詰まったような気がした。でも気のせいだろう、と俺は聞き流す。
「リッジウェイさんも、占ってもらったことあるんですか?」
「あー、俺はないかな。特に聞きたいこともなかったし。でも当たるって評判だよ。そうだ、石野くん、試しに占ってもらったら?」
「ええっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。そもそも占い師と面と向かって話すこと自体、生まれて初めてだ。一体何を聞けばいいんだろう。悩みなんて特にないし……「背、伸びますか?」なんて聞いたら「病院行け」で片付けられそうだ。
「俺、何を聞いたらいいんだろう……」
ぽつりと呟くと、リッジウェイさんがふっと柔らかく笑った。
「ね。俺も、君と同じ感じだったよ」
◇
閉店後。リッジウェイさんが取り計らってくれたおかげで、俺は特別に占いルームの椅子に座っていた。
「石野くん、今日は何を聞きたいのかな?」
仕事に支障が出ない程度に頭を悩ませたが、結局ひねり出せたのはこの程度だった。
「あの……俺のラッキーアイテムとか、ラッキーカラーとか、あったら教えてください」
朝のニュースの占いコーナーかよ、と心の中で自分にツッコミを入れる。案の定、ミーキンさんは少し困ったような顔をした。
「このカップは君の『未来』を占うものだから、それはたぶん別の占いになっちゃうかな」
「あ、そうなんですね! じゃあ……俺の未来を占ってください」
「了解。じゃあまず、この紅茶を、茶葉を少し残すつもりで飲んでみて」
差し出されたカップから湯気が立ちのぼり、底には細かな茶葉が沈んでいる。ぎりぎりまで飲み干すと、底にわずかな紅茶と茶葉が残った。
「カップを左手で持って、三回くらい軽く左回りに揺らして。それから素早くひっくり返して、受け皿の上に置いてみて」
「はい……っ」
少し手元がもたついたけれど、言われた通りにする。
「そのまま一分間置くから、その間、天気のことでも考えていてね」
逆さに置かれたカップから、受け皿へ残りの紅茶がゆっくりと垂れていく。緊張で余計な雑念が混じりそうになりながら、「今日は曇ってるけど、傘持ってないな。雨降らないといいけど」と、必死に天気のことだけを考えた。
「はい、じゃあカップをそっと戻して」
そっと元に戻すと、濡れたカップの内側――トランプの絵柄の上に、散らばった茶葉がぴたりと貼りついていた。
「この茶葉が付いた札で占うんだよ」
ミーキンさんはカップを受け取ると、少し傾けたり揺らしたりしながら、じっと中の茶葉を見つめる。
「……縁の近くに茶葉がまとまってるね。これは『近い将来』を示してる。……ダイヤのジャックと、ダイヤの二。なるほどね。色白な青年がきっかけで、君は幸せな日々を過ごせるみたい」
色白の青年――それって絶対リッジウェイさんのことだ。俺は直感的にそう確信した。
「……これでよかった?本当に聞きたいこと、聞けたかな」
「あ、ありがとうございます! 悪い結果じゃなくてホッとしました」
「んー、そう? まだ何か聞きたいことがありそうだけど」
図星を突かれて言葉に詰まる。
「……背のことですかね」
「あ、ごめん!この前言ったこと、気にさせちゃった?」
「いや、全然大丈夫なんですけど……やっぱり伸びるのかなぁって、ちょっと気になってて」
向かいに座るミーキンさんは、身長が百八十センチ以上は絶対にある。それなのに、脚が長いせいか、座ると今の俺と目線の高さがほぼ同じだった。パチンと目が合う。
「……お二人がすごくカッコいいので、羨ましいんです」
思わず本音がこぼれ落ちた。言ってしまってから、なんて格好悪いんだと惨めになる。
「石野くんだって、十分魅力的だと思うけど?」
「そんなことないです!絶対ないです!褒められても、せいぜい『可愛い』とか、そればっかりだし……」
早口でまくし立てていると、自分の顔がどんどん熱くなっていくのが分かった。
「そうかなぁ。たまにショップの方から働いてるところを見てるけど、すごく格好いいよ」
「ええ……!?」
「いつもお客さんのことを考えて、笑顔で丁寧に接客してるし。仕事の覚えも早いし、自分からどんどん動いてくれてるじゃない」
――嬉しい。
そんな風に見ていてくれたなんて知らなかった。というか、こういう気恥ずかしいことをさらっと言えてしまうあたり、この人、絶対に無自覚な「人たらし」だ。
「もし他に悩みがあったら、仕事終わりでも時間作るから、いつでも相談してね」
「あ、はい……ありがとうございます」
(もしかして、他のお客さんにも普段こういう対応をしてるのかな……。だとしたら、女の子ならひとたまりもなく恋に落ちても不思議じゃないな)
胸がいっぱいになる嬉しさと、どこか冷めた目で分析してしまう自分が同居していた。
「あの……占いの代金はおいくらでしょうか?」
「紅茶一杯分だから五百円なんだけど、石野くんはタダでいいよ」
「やっす〜!それに、だめですよ、ちゃんとお金取ってください!」
「本当にいいんだよ、お試しってことで」
「だとしても五百円は安すぎますって!中華街の手相じゃないんですから!千円……いや、二千円でも十分通りますよ!だってこんなに幸せな気分で帰れるんですから。もう占いっていうか、ほぼカウンセリングですって!」
「あはは、そっかー。じゃあ、今度から値上げ検討しておくね」
ミーキンさんは屈託のない笑顔で、楽しそうに笑った。




