おまじない
宮崎さんから「好き」と言われたのは、これで三回目だった。
でも、前の二回とは声のトーンがまったく違っていた。軽い感じではなく、一歩足を踏み込んだような、今までにない重みが込められていた。
「そんな困ったような顔しなくていいよ。……わかってるから」
宮崎さんは、どこか切なそうに困ったような笑顔を浮かべた。
「……好きな人、いるんだよね?」
「……うん。ごめん」
「ううん」
宮崎さんは何も言わずに、静かに頷いた。言葉にならない静寂がキッチンスペースを包み込む。
「湊!まじでごめん!!」
そこへ、ドタバタと勢いよく鈴木がキッチンへ駆け込んできた。
「おせーよ!お前、今までどこで何やってたんだよ!?」
「わりい!ほんと何でもするから許してくれ!ちょこちょこ店の様子は見に来てたんだけどさ、母ちゃんがやっと帰りやがったんだよ!」
額の汗を拭いながら必死に頭を下げる鈴木の姿に、宮崎さんが「ふふっ」と小さく笑った。その笑顔を見て、鈴木を少し許してやる気になれた。
「もうすぐ昼飯だろ、お前らどうすんだ?中庭の屋台さ、唐揚げとかホットドッグとか、めちゃくちゃ美味そうだったぞ!」
「あー……俺はここで簡単に済ませるよ」
「私は、鈴木くんと一緒に中庭に行こうかな」
「えっ、本当か!?俺、全部の屋台見てきたからさ、食べたいものがあったらなんでも案内するぞ!」
有頂天になった鈴木は、フリルのスカートを揺らしながら、宮崎さんと一緒に楽しそうに教室を出て行った。
二人を送り出した後、俺はキッチンでパウンドケーキの端っこをつまみ、温かい紅茶を口に含んだ。程よい甘さが、じんわりと胸の奥の重さを溶かしていく。
*
ちょうど昼時ということもあり、店の前にはいつの間にか列ができ始めていた。俺は廊下の壁沿いに一列で並んでもらうよう丁寧にお願いし、人数をメモしながら予想待ち時間を伝えて回った。
すると、廊下を行き交う人混みの中に、ひときわ輝く気品を纏ったふたりの姿が目に飛び込んできた。
――リッジウェイさんとミーキンさんだ!
ふたりはこちらの視線に気づくと、パッと華やかな笑顔を浮かべて手を振ってくれた。
「石野くーん!」
「……!足をお運びいただいて、ありがとうございます!」
「ううん。急に来ちゃってごめんね」
「すみません、今お店がすごく混み合っていて……少しお待たせすることになってしまうのですが」
「大丈夫だよ、時間は全然気にしてないから」とリッジウェイさん。
「今日はね、お店を臨時休業にしてきたんだよ」とミーキンさんがあっけらかんと言う。
「ええっ!?そ、そうなんですか!?」
「うん。石野くんたちの文化祭、ゆっくり見てみたかったからね。……それにしても、その燕尾服、すごくかっこいいね」
「うん、とっても素敵だよ。よく似合っているね」
「あ、ありがとうございます……!」
本物の燕尾服を着こなす彼らの前では、俺なんて到底比べものにならないと分かってはいるけれど、大好きなふたりから直球で褒められると、やっぱり顔が熱くなってしまう。
「それにしても、すごい繁盛ぶりだね」
ミーキンさんが感心したように店内を覗き込む。
「わあ、すごい……まるで教室じゃないみたいだ」
「本当だね。クラシカルでかわいいインテリアだ」
俺も思わず店内を振り返ると、奥のテーブル席で手が上がっているのが見えた。
「あ、すみません!俺、注文を取りに行かないと……!」
「頑張ってね」
「あとでね」
ふたりが来てくれた!でも、俺たちの用意したお菓子や紅茶、接客サービスを気に入ってもらえるだろうか……?あんまりお待たせしたら申し訳ない……喜びと心配と焦りが、俺の胸の中でぐるぐる目まぐるしく駆け回っていた。
*
幸いなことに、10分ほどで奥のテーブル席がひとつ空いた。
さらに幸運だったのは、ガタイのいい男メイドではなく、接客の得意なかわいい女子メイドがふたりを席へ案内してくれたことだった。
リッジウェイさんが、俺の手作りの招待券をメイドさんに渡しているのが見えた。大切に使ってくれたことが無性に嬉しい。
俺はキッチンで、ふたりのために全種類のお菓子をお皿に美しく取り分け、出来立ての紅茶をティーカップに慎重に注いだ。
(これで、あとはメイドさんに出してもらえば完璧だ……!)
そう思った瞬間、案内したメイドさんが別のテーブルに呼ばれて手が塞がってしまった。フロアを見渡すと全員が接客中で、ちょうどキッチンに戻ってきたのは、男メイドの田中だった。
「俺が持っていこうか?」
「いや、待って!俺の知り合いだから、俺が行く!」
いくら人手不足だからといって、流石にこのふたりの元へ田中を行かせるわけにはいかない。
俺はしっかりとトレーを抱え、ふたりのテーブルへと運んだ。
「お待たせいたしました、ご主人様。こちらはイングリッシュ・ブレックファスト、こちらはアールグレイでございます。お菓子は、マーマレード風味のパウンドケーキ、レーズンとチョコチップのスコーン、それからショートブレッドになります」
宮崎さんが家から持ってきてくれた、ウェッジウッドの可愛らしい『ワイルドストロベリー』のティーカップ。お揃いの柄のお皿には、お菓子をきれいに盛り付けてある。
「わあ……!ちゃんとした本物の食器を使っているんだね」
「はい!クラスのみんなが家から貸してくれたんです」
「どのテーブルの食器も素敵だね」
一呼吸置き、俺は少し緊張しながら尋ねた。
「あ、あの……ショートブレッドに、チョコペンで絵をお描きしましょうか?」
「ぜひ!石野くん、描いてみて」
「わかりました!」
チョコペンを握る手が緊張で震えそうになる。リッジウェイさんと一緒に試作をした時にふたりで描いた、どんぐりと俺の似顔絵が脳裏をよぎった。
まずはミーキンさんのショートブレッド。家で何度も練習したバラの花を丁寧に描く。
「あっ、すごく上手だねー!」
ミーキンさんが嬉しそうに声を上げた。
「石野くんは、どんぐりの絵もすごく上手だったよ」
リッジウェイさんがくすっと微笑みながら言い添える。
二枚目は、リッジウェイさんのためのマーガレットだ。画面いっぱいに大きく、花びらを丁寧に描いていく。
よし、綺麗に描けた!
……と、ほっと胸を撫で下ろした瞬間、思い出した。
(――あ、おまじない……っ!!)
まさか、この憧れのふたりの前で披露することになるとは思いもしなかった。今日、これがぶっつけ本番の初披露だ。
(……もう、腹をくくるしかない……!)
俺は意を決して、両手を胸の前に上げ――親指と人差し指で小さなハート型を作った。
「おまじないをしますね……ご主人様のお茶の時間が、特別なものになりますように!おいしくな〜れ、萌え萌え……キュンっ!!」
勢いにまかせて言い切った瞬間、かあーっと顔から火が出るほど熱くなっていくのが分かった。自分でも顔が真っ赤になっている自覚がある。
「ご、ご主人様……っ!恥ずかしいので、顔見ないでください……っ!!」
うつむき加減にチラッとふたりを盗み見ると、リッジウェイさんもミーキンさんも、弾けるようなニコニコ笑顔でこちらを見つめていた。
「ありがとう!絶対に美味しくなったよー!」
「ふふ、最高のサービスだね」
「ど、どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください……っ!」
俺は淹れたての熱々紅茶みたいに頭から湯気を吹き出しながら、トレーを抱えてキッチンへと逃げ帰った。




