ご主人様たち
逃亡した鈴木は、あれから一向に帰ってこない。自分のシフト時間を完全に無視している。
外で呼び込みの仕事でもしてくれていればまだマシだが、あのパフスリーブとミニスカートの惨状で呼び込みをしたところで、客足が増えるどころか逆効果なのは目に見えていた。
当の鈴木のお母さんはというと、店内で偶然ママ友と遭遇したらしく、テーブル席でおしゃべりに夢中になっている。この調子ではしばらく帰らないだろうということは容易に想像がついた。
さらに、山田は化学部としてのシフトが入っているため、一時間ほどして一旦抜け出していった。それに伴い、科学室のシンクを借りて溜まった食器を洗うため男子が抜けた結果、店内は一時的にかなりの人手不足に陥ってしまった。
すべてのメイド役の女子たちが接客でテーブルについているタイミングで、ガラリと教室のドアが開き、新しいお客さんが顔を覗かせた。
俺は慌ててキッチンスペースから出て行き、入り口でお迎えした。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
やってきたのは、他校の黒い学ランを着た男子四人グループだった。
「……あれ? ここってメイドカフェじゃないの?」
俺の燕尾服姿を頭から足元までまじまじと見下ろしながら、一人が怪訝そうに尋ねてくる。
「メイドカフェで間違いありません。給仕などのサービスは基本的にメイドが行いますが、よろしければどうぞお入りください」
「じゃ、入るか」
「はい、どうぞこちらへご案内いたします」
俺は四人を奥のテーブルへと案内した。
四人はキョロキョロと店内を見回しながら、どうやらメイドたちの品定めでもしているかのような、どこか不躾な視線を注いでいた。
「あ、あの子可愛い。あの子指名で」
グループの一人がニヤつきながら指差した先には、他のお客さんの接客をしている宮崎さんの姿があった。
(……うちはそういう感じの店じゃないんだけど)
喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、俺は笑顔を崩さずに答えた。
「申し訳ございません、ご主人様。メイドのご指名はできかねますので、ご了承ください」
「ふーん、なーんだ」
四人はあからさまにつまらなさそうな顔をした。
すると、その空気を察した宮崎さんがすっとこちらへ歩み寄り、俺の耳元で小声で囁いた。
「石野くん、私代わるよ」
「助かる……ありがとう、宮崎さん」
俺は一歩下がって、その場の様子を見守ることにした。宮崎さんはプロ意識を持って、接客用の弾けるような笑顔でメニューを差し出した。
「ご主人様、ご注文はお決まりでしょうか?」
さっきまで不機嫌そうだった男たちは、宮崎さんの顔を見るなりパッと表情を明るくした。
「お、やったー!」
「ねー、なんか特別なサービスしてくんないの?」
「……あれ?俺、この子知ってるわ。高城の元カノじゃね?」
「マジで!?」
宮崎さんの笑顔が、一瞬で凍りついた。
「うわ、高城この子振ったの?もったいねえ〜!」
「今フリーなの?だったら今日この後、俺らとどっか遊び行かない?」
ニヤニヤしながら身を乗り出してくる男たちを見て、俺の頭の中でブツンと何かが切れた。たまらず宮崎さんの前に割り込む。
「――ご主人様。メイドに対する過剰な要求や個人的な干渉は、固くお断りしております」
毅然とした態度で応じてから、振り向いて囁いた。
「宮崎さん、キッチンに下がってて」
宮崎さんは唇を噛み締め、コクリと頷くと、スタスタと足早にキッチンスペースへと向かっていった。
周りの席のお客さんたちも「なんだ?」とざわつき始め、遠くの席では鈴木のお母さんたちも心配そうにこちらを見ている。気まずい沈黙が流れる中、グループのリーダー格が吐き捨てるように言った。
「……もういいや。帰ろうぜー」
四人グループは悪びれる様子もなく、だるそうに店を出て行った。
*
(パーテーションで客席から区切られたキッチンスペースで、本当によかった……)
フロアの収拾をつけてキッチンへ戻ると、宮崎さんはポツンと佇み、俯いていた。さっきまでの張りのある笑顔は、もうどこにもない。
「……大丈夫?」
大丈夫なわけがない。だが、今の俺にはそれ以外の気の利いた言葉がどうしても思いつかなかった。
「……うん。ありがとう、石野くん」
小さく頷く宮崎さんの横顔を見て、俺は苛立ちを抑えきれずに吐き捨てた。
「全く、何なんだよあいつら!完全にカスハラだろ、警察に訴えてやりたいよ!」
俺が本気で怒ってみせると、宮崎さんは思わず「ふふっ」と小さく吹き出した。
「私、やっぱり石野くんが好きだなあ」
「……え?」
怒りで熱くなっていた頭が、一瞬で真っ白になった。




