文化祭初日の朝
文化祭当日。
今朝は、久しぶりに気持ちのよい清々しい晴天だった。
前日の夜にティールームの鍵を預かっていた俺は、鈴木たち数人と一緒に早朝から店へ向かった。冷凍庫から凍らせた大量のスコーンを取り出して保冷バッグに詰め、学校へと向かう。ずっしりとした手応えのある重みを肩に感じながら十五分ほど歩くと、文化祭のために設置されたカラフルな入場ゲートが視界に入ってきた。
ゲートをくぐると、敷地内には趣向を凝らした色々な出し物の看板が、校舎の奥へ奥へとずらりと続いていた。
その中に、俺たちが作った「一年C組・英国風メイドカフェ」の看板もあった。
「あ、これこれ!」
「へー、看板になると結構目立つじゃん」
「いい感じだな」
完成した看板を前にして、いよいよ今日から本番が始まるのだと実感が湧いてくる。
文化祭開始まで、あと二時間。
教室の扉を開けると、そこはまるで別世界だった。
窓辺にはシックな花柄のカーテンが揺れ、机にはお揃いのテーブルクロスが美しく敷かれている。壁にはビッグベンや二階建てバスのクラシカルなイラストが飾られ、既に衣装に着替え終えた女子たちが、宮崎さんを中心に楽しそうに内装の仕上げをしていた。
「うおお……」
鈴木が感嘆の声を漏らす。
「すげー……」
俺も思わず、声が口からこぼれ出た。
「みんな、おはよう!」
宮崎さんが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「おはよう。店の雰囲気、めちゃくちゃいい感じじゃん」
「うん! すごく可愛くなったよね」
「俺たちも早く着替えねーとな」
「だな。……って、うわ! 俺、今日メイド服着るのかよ!!」
土壇場で現実を突きつけられた鈴木の叫びに、周囲からどっと笑いが起きた。宮崎さんもふっと微笑んで、
「ふふ、じゃあ女子は一旦教室の外に出ようか」
とみんなを促してくれた。
*
俺たち男子は、さっそく燕尾服に袖を通した。
宮崎さんが一人ひとりのサイズに合わせて丁寧に縫い上げてくれたおかげで、着心地には確かな安心感があり、驚くほど動きやすい。
ふと、変なテンションで盛り上がっている一角に目をやると、そこにはガタイのいい男メイドが三人立っていた。
パフスリーブの半袖からは逞しい二の腕が覗き、フリルスカートの裾からは無骨な脛が丸出しになっている。鈴木はサロンで脱毛しているらしくツルツルだったが、他の二人はすね毛がボーボーだった。どちらが良いとも言えない絶妙な絵面だ。せめて長袖・ロングスカートにしておけばよかったと、企画段階での配慮不足を後悔した。
着替えが終わり、廊下で待っていた女子たちを教室に呼び戻すと、「キャーキャー!」と賑やかな悲鳴と歓声が上がった。
一軍男子たちの凛々しい燕尾服姿に対する「カッコいい!」という歓声と、男メイドたちに対する「キモいー!」という絶叫が入り混じっている。当の鈴木は、宮崎さんがお腹を抱えて大ウケしているのを見て、案外まんざらでもなさそうな顔をしていた。
「石野くん、円陣組もう!」
内装の最終チェックをしていると、宮崎さんが声をかけてきた。
「えっ、えんじん……?」
「うん! 演劇部でいつもやってたんだけど、リーダーから声をかけてもらって、みんなで『おー!』って気合いを入れるの」
(えっ!? そんないきなり言われても……何を言えばいいんだ? 抱負とか意気込みとか?)
いい感じの挨拶なんて急には思いつきそうになかった。それでも、今この瞬間に胸の中に浮かんでいる素直な気持ちを言葉にすればいいのかもしれない。
「あー……うん、わかった」
「みんな、集まって! 輪になって!」
宮崎さんの声かけで、教室の中央に大きなひとつの輪ができた。
一瞬にして、クラス全員の視線が俺に集中する。
輪をぐるりと見渡し、ひとりひとりの顔をゆっくりと見つめた。
大切なティーカップを家から貸してくれた人。
昨日の夜遅くまでお菓子を作ってくれた人。
看板や室内のイラストを一枚一枚丁寧に描いてくれた人――。
喉の奥が、じわりと熱くなる。
「みんな、今日のためにたくさん準備してきてくれてありがとう。すごく素敵なカフェになったと思います。今ここにクラス全員が揃っているわけじゃないけれど、みんなそれぞれ自分の場所で頑張っていて……忙しい中で協力してくれたり、時間を作ってくれたりした仲間に心から感謝したいです。今日と明日、二日間、来てくれたお客さんたちに楽しんでもらえるように、みんなで心を込めてお迎えしましょう!」
胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「一年C組、英国風メイドカフェ、絶対に成功させるぞーー!」
「「「おー――――っ!!!」」」
弾けるような大歓声と拍手が教室中に響き渡り、みんなの笑顔が一斉に咲いた。
ハイタッチを交わす輪の中で、俺の心臓のドクドクという高鳴りは、しばらく収まりそうになかった。




