猫かぶり?
閉店後のティールーム。
俺たち実行委員メンバーの四人は、キッチンをお借りして文化祭で販売するスコーンの仕込みに取り掛かっていた。
ど素人の鈴木と山田には逐一指示を出さないといけなかったが、宮崎さんはもともと手先が器用でお菓子作りの心得もあるため、最初に手順を説明しただけで手際よく作業を進めてくれている。
ふと横を見ると、鈴木が伸ばした生地を型で抜いていた。丸と丸の間隔が、やけに開いている。
「おい、鈴木。抜き方が雑なんだよ」
俺は呆れて声を潜めた。
「もう少し端寄りに型をあてれば、あと一個は取れるだろ」
「いいだろ別に。残った生地はまたまとめて伸ばせばさ」
「良くねえよ。最初の生地が一番サクサクして美味いんだから。何度もこね回して伸ばしてってやってると、固くて重たい食感になっちゃうんだよ」
「だあー、うるせえなぁ!お前、うちの母ちゃんかよ」
「ふふっ」
すぐ近くから漏れたリッジウェイさんの笑い声に、俺はハッとして息を飲んだ。
声のした方へ視線をやると、客席のテーブルでフラワーアレンジメントをしていた彼が、こちらを楽しそうに見つめていた。バッチリ目が合うと、優しくニコッと微笑んでくれる。
(うわ……っ!!)
一気に顔が熱くなった。心臓が、変な音を立てて跳ねる。
普段、ここでは常に丁寧な敬語で話しているから、クラスメイトとの雑でくだけたやり取りを聞かれたのはこれが初めてだ。
――言葉遣いが悪いやつだと思われなかっただろうか。表と裏があるような奴だと思われたんじゃないだろうか。
悪い印象を与えていなければいいけれど、と考えるだけで胃がキリキリと痛み出す。だが、長年鈴木と付き合ってきた態度を今更変えるのも不自然で恥ずかしく、俺は口数を極力減らして黙々と作業に徹することにした。
*
「うおー!すげえ!!」
しばらくして、大量のスコーンが見事な焼き色をつけてオーブンから出てきた。俺たちは思わず歓声を上げた。
「ひと休みしたらどう?」
リッジウェイさんが声をかけてくれ、みんなでテーブル席についた。彼がお茶を淹れようとしてくれたので、俺も慌てて立ち上がり、一緒にキッチンへ向かった。
「キッチンを使わせていただいて、本当に助かりました!」
「ううん。みんなで楽しそうに作っていて素敵だったよ」
大きめのティーポットを用意し、熱湯で温めてから、紅茶缶からスプーンで五杯分の茶葉をすくって入れる。
「スコーン、上手にできたね。石野くんの指導のおかげだね」
「いえ、ウィリアム君のレシピと教え方が良かったおかげですよ」
ポットにグラグラと沸騰したお湯を一気に注ぎ入れる。横に置いた三分計の砂時計をひっくり返した。
「今度から、お店のスコーンも作ってもらおうかな?」
「ええっ!?そう言ってもらえるのはすごく嬉しいですけど……俺なんてまだまだです!もっと修行して、自信を持ってお客様に出せるようになってから頑張ります!」
「そう?じゃあ、楽しみに待ってるね」
全員分の紅茶をカップに注ぎ、トレーに乗せてテーブルへと運んだ。
すると、待っていた三人が何やら物言いたげな視線をこちらに向けてくる。
「……なんだよ?」
警戒しながら尋ねると、鈴木がニヤニヤしながら口を開いた。
「お前、めちゃくちゃ猫かぶってんなーと思って」
「いや、俺はむしろ社会人っぽいなぁって感心したぞ。なんか尊敬した」
山田が続く。
「石野くんって、目上の人に対する言葉遣いとかマナー、すごくちゃんとしてるよね」
宮崎さんも重ねてくる。
三者三様の感想に、いちいちコメントを返すのも気恥ずかしくて、俺はすべてをスルーして静かにカップを置いた。
「はい、みんなお疲れ様」
「おー、ありがと。お疲れー」
温かいカップからは、ふわっと濃厚な香りが漂ってくる。少し多めに砂糖を入れたミルクティーだ。ひとくち含むと、身体の疲れや緊張がじんわりと解きほぐされていく。
「……おいしい」
宮崎さんがほっと息をついて呟いた。
「そう?良かった」
湯気の向こうで、俺は得意気に続けた。
「俺、家帰って疲れてる時はこれ作るんだ。イギリスでは昔から肉体労働者が仕事の合間に飲んでたんだって」
「石野くん、家でも自分でお茶淹れるんだ?」
「お前、渋いな」
「これ、うまいよ。カロリーも補給できるし」
「そうだろ?」
何となく、皆が同時にカップを口に運んだ。さっきまでの作業で張り詰めていた空気が、ゆっくりとほぐれていく。誰も何も言わなくても、居心地が悪い気がしなかった。
「……文化祭も、いよいよあと三日だな」
「衣装はもう出来上がったから、あとは内装の準備に時間を回せると思う」
「カーテンとかテーブルクロスも、クラシックな花柄の生地から縫ってたもんな。大変だったんじゃないか?」
「ううん、大きいだけで技術的にはそんなに難しくないから大丈夫」
「さすが宮崎!マジで大活躍だな!」
鈴木が大げさに持ち上げると、宮崎さんは照れたように笑った。
「ううん、ありがとう。でもね……やっぱり一番すごいと思ったのは石野くんだよ。学校だともっと大人しい印象だったから」
「えっ、俺?」
「大人しくなんかねーよなぁ」
鈴木が笑う。
「まあ、ちょっと人見知りなところはあるけどさ。あーでも、ここでちゃんとバイトやってんだから、そんなこともねえのか」
「『内弁慶』から『やや社交的』に進化した気がする」
山田が真顔で分析する。
「あーもう!俺のことなんてどうでもいいだろ!話題にしなくていいから、文化祭の話をしろ、文化祭の!」
赤面しながら声を張り上げると、カウンターの向こう側で、リッジウェイさんが楽しそうにくすくすと笑っていた。




