試着
バイトからの帰り道、頭からはまだあのふたりの燕尾服姿が離れなかった。そして、それと同時に自分自身の変装姿を思い浮かべた瞬間、いっそうの不安と懸念が胸をよぎる。
その日の夕飯の食卓。里芋の煮物をつつきながら、俺はお母さんに気になっていることを聞いてみた。
「あのさー。俺、文化祭のカフェで燕尾服着ることになったんだけどさぁ……」
「えーっ、そうなの!?素敵じゃない、湊。高級レストランのボーイさんみたいでよく似合うんじゃない?」
「ボーイさんかよ……。やっぱりそう見えるよな」
思わず口の中で呟く。
「今日ね、バイト先の店長さんたちが燕尾服を着て見せてくれたんだよ」
「あら!絶対かっこよかったでしょう!」
「うん。……あんな感じになりたかったんだけどさ、俺、背が足りねぇなぁと思って」
俺が溜息をつくと、お母さんは「そうねぇ〜」と顎に手を当てた。
「お母さん宝塚が好きだから、以前燕尾服の歴史を調べたことがあるんだけどね。昔のイギリスの貴族は、身長が180センチ以上ある容姿の整った若い男性の召使を二人ペアにして、お揃いの燕尾服を着せてお付きにしていたそうよ。それが彼らの出世コースだったんですって」
「じゃあ俺みたいな奴は、当時だったら一生出世できなかったってことじゃん」
「ふふ、日本人に生まれて良かったわねぇ。でも、湊、この夏で少し背が伸びたんじゃない?」
「えっ、マジ!?」
俺は箸を置くと、リビングの柱に貼ってある身長計のポスターへ跳んでいき、ぎゅっと背中をくっつけた。お母さんに目盛りを見てもらうと、165センチ。春から2センチは伸びている。
嬉しいのは嬉しいけれど……成長のペースが遅いんだよなぁ、とやっぱり気落ちしてしまう。
――俺はいつか、あの人たちみたいになれるんだろうか。
かわいいと思われるよりは、やっぱり『かっこいい』って思われたいんだよな。
「ほらほら、ご飯の途中で立たないの。ちゃんと座りなさい」
「はーい……」
自分の席に戻って再び箸を握ると、お母さんが楽しそうに思いついたように言った。
「ねえ、じゃあ文化祭、お父さんと一緒に行こうかしら? もう一日は鈴木くんと山田くんのお母様方にも久しぶりにお会いしたいし、声をかけてみようかしら」
俺は里芋を喉に詰まらせそうになった。
「ふ、二日間も来なくていいよ!それに……お母さんたちが来たら絶対微妙な空気になっちゃうから。鈴木のやつ、男メイドやるんだぞ」
「あらぁ!鈴木くん、相変わらず楽しい子ねぇ」
「なー。あいつ、小学生の頃から全然変わんねえよ」
呆れつつも、スマホを取り出して画面を操作する。
「メイド服、クラスの宮崎さんが作ったんだけど、こんな感じでさ――」
グループLINEに上がっていた試作品を着た宮崎さんの写真を見せる。
「あら、かわいい!!宝塚の娘役さんみたいじゃない!」
「あー……うん」
これ以上見せると墓穴を掘りそうだったので、お母さんの視界からサッとスマホを外した。ちょうどタイミング良く、グループLINEに新着の通知が届く。
噂をすれば宮崎さんからだ。
『燕尾服の仮縫いができたよ。明日、試着してみてね』
『了解。お疲れ様』と短く返信する。
仕事早すぎるだろ……と思わず心の中で呟いた。どうかボーイさん感が出ませんように、と祈りながら画面を閉じた。
◇
昼休みのチャイムが鳴ると、俺たち四人は空き教室に集まった。
俺は出来上がった仮縫いの燕尾服に袖を通し、スマホカメラで撮影してもらう。画面に映った自分の姿を見る。
――お。背が、高く見える……!
シルエットの引き締め効果で、いつもよりすっとスタイルが良く見える気がした。
「サイズぴったりだね!すごくかっこいいよ」
宮崎さんがパッと表情を明るくする。『かっこいい』という言葉にピクッと反応した鈴木が、羨ましそうな目で俺を睨みつけてきた。
懸念していた「ボーイさん感」があまり出ていないことに、俺はホッと胸を撫でおろした。
「なあー……俺、そっち着てもいい?」
鈴木が若干気まずそうに切り出した。山田が目を丸くして叫ぶ。
「お前っ、あいつらを裏切るのかよ!?」
実は他にも若干名、ノリで男メイド役に立候補した男子がいるのだ。律儀な山田には、鈴木の寝返りが信じがたいらしい。
「だって、ノリで言い出しただけだろー?別にいいじゃん。俺、今更だけどやっぱりかっこいい方がいいし」
「身勝手な奴だな。宮崎さんの仕事を無駄に増やすんじゃねーよ」
俺が呆れ顔で突っ込むと、鈴木はぐっと言葉を詰まらせてひるんだ。
「私は別に、仕事が増えるのは構わないけど……」
宮崎さんがふっと微笑む。
「鈴木くんのメイド姿も見てみたかったな」
「!」「!」「!」
宮崎さん……それが単なる意地悪なのか、それとも純粋な好奇心なのかは分からない。けれど、そう言われてしまった以上、鈴木はおとなしく引き下がるしかなかった。




