ぬいディスプレイ
翌日、俺はぬいや小物をぎっしり詰めた大きな紙袋を抱え、意気揚々と「ローズアンドクラウン」へ出勤した。バックヤードに入ると、リッジウェイさんがTシャツ姿でダンボールの片付けをしているところだった。
「おはようございます!」
「おはよう。石野くん、今日は早いね」
「はい! 開店前にぬいの飾り付けを終わらせようと思いまして」
「えっ、もう準備してきたの? 楽しみだな。出来上がったら教えてね」
さっそくショップコーナーの一角に向かい、作業を開始する。
AI画像生成で作った「英国宮殿の応接室風」の背景画を厚紙ボードに貼り、屏風のように立体的に自立するよう細工する。手前には、ダークブラウンの木枠に赤いベルベットの座面が映えるアンティーク調のテーブルと椅子を配置。テーブルの上には、コールポートのアンティーク・ミニチュアティーセットをセッティングした。
そして、主役のぬいたち。
白地に金と青の繊細な刺繍が入った、王子様風の衣装を纏ったリッジウェイさん。 ネイビーを基調とした色違いの王子様服を着たミーキンさん。 そして――黒い燕尾服に身を包んだ、執事風の俺。
併設されたショップの専用スペースにそれらを配置し、少し離れた場所から全体を眺めてみる。
――素晴らしい。
自分で言うのもなんだが、これは完璧な歴史絵巻だ。
「できましたよー!」
バックヤードに入って声をかけると、作業をしていたリッジウェイさんとミーキンさんが手を止めて振り向いた。
「えっ、すごい! もう出来たの?」
三人で早足になってディスプレイの前へと向かう。
完成したミニチュアの世界を目にした瞬間――ふたりの動きがピタリと止まった。
無言。
完全にフリーズしている。
え……なんで? 何かまずいことでもしただろうか。
「あ、あのー……これで、良かったでしょうか……?」
不安に駆られた俺の問いかけに、ふたりはハッと我に返ったように息を呑んだ。
「あ、すごくいいよ!」
ミーキンさんが慌てて口を開く。
「うん、ここまで本格的に作り込んでいるとは思わなくて、ただただ驚いちゃったよ」
リッジウェイさんも微笑みながらフォローしてくれたが、その笑みにはどこかまだぎこちなさが残っていた。胸を撫でおろしたものの、ふたりの様子にどこか違和感が拭えない。
「でも、どうしてこういうデザインにしたの?」
気になったのか、ミーキンさんが尋ねてきた。
「衣装はおふたりの華やかな雰囲気に一番合いそうだなと思ったのと、アンティークのミニチュア食器を飾るなら、昔の貴族風の設定が映えるかなと思いまして」
「ああ、そうだったんだ」
リッジウェイさんが、心の底からホッとしたような表情を浮かべた。
「……似てるよな?」
ミーキンさんがリッジウェイさんに耳打ちする。リッジウェイさんは無言のまま、静かに深く頷いた。
「俺たちが通っていた学園の談話室に、そっくりだったからさ。石野くん、どこかで見てきたのかなって思って驚いたんだ」
「へぇー! そうだったんですか!? すごい奇跡的な偶然ですね」
そんな映画に出てくるような素敵な場所で学生生活を送っていたなんて、羨ましすぎる。ハリー・ポッターのホグワーツみたいに、重厚で美しい空間だったんだろうな。
「石野君、本当に素敵なディスプレイを作ってくれてありがとう。お客様にも絶対に喜んでもらえるよ」
「はい! 頑張った甲斐がありました!」
開店時間まで、あと一時間。早くお客様に見てもらいたくて、俺はソワソワと心が落ち着かなかった。
◇
開店して程なくすると、ティールームはいつものように満席になった。
ディスプレイの反応が気になって仕方がない俺は、メニューをお渡しする際、「ショップコーナーのディスプレイが新しくなりましたので、よろしければお帰りの際などにご覧くださいね」とそれとなくお声がけをしてみた。
すると、注文を終えたお客様がチラホラとショップスペースへ足を運び始める。
「可愛い〜! これ、お店の店員さんじゃない!?」
「石野くんのぬい、くりっとした目がそっくりねぇ」
初めてのお客様も常連のお客様も、足を止めて楽しそうに眺めてくれているのが本当に嬉しい。
「へえ、こんなに小さなアンティークのティーセットがあるんだ。実際に使ってみたいなぁ……」
聞こえてきた呟きに、俺の頭の中でアイデアのひらめきが弾けた。
これだ――!
俺はすぐさまカウンターの奥にいるリッジウェイさんの元へ向かい、企画の許可をもらった。そして、推しぬいをテーブルの上にちょこんと乗せているお客様の元へ、注文の紅茶を運んでいく。
「お待たせいたしました。お客様のダージリン・セカンドフラッシュです。お使いしているカップは、コールポートの『インディアンツリー』でございます」
「わぁ、素敵……」
「そして――こちらはお連れ様の分になります」
お客様のぬいの目の前に、まったく同じシリーズのミニチュアティーカップ&ソーサーをそっと添えた。
「きゃあぁぁっ! お揃い!? すごい、可愛すぎる!!」
お客様から弾けたような黄色い歓声が上がった。
ご主人様と推しのぬいが、お揃いのヴィンテージティーカップでお茶の時間を共有するという、最高に贅沢な体験の提供。
カウンターの奥から、スマホのカメラを何度もパシャパシャと掲げて感激しているお客様の姿を見つめながら、俺は「いい仕事ができた」と深い満足感に浸っていた。




