英国風メイドカフェ?
ホームルームが長引いてしまったせいで、『ローズ&クラウン』に着いたのは1時を過ぎた頃だった。お昼の一番忙しいピークの時間帯なのに、遅刻してしまった。
バックヤードに滑り込み、汗拭きシートでさっと体を拭う。新しいシャツに袖を通し、茶色いエプロンの紐をぎゅっと結んだ。よし、これでやっとお客様の前に出られる。
「遅くなってすみません!」
キッチンへ向かうと、リッジウェイさんがちょうどアイスティーを作っているところだった。
「学校、お疲れ様」と、いつものように優しくニコッと微笑んでくれる。
「遅刻して本当にすみません! 何から手伝いましょうか?」
「お昼ごはん、まだだよね?」
「あ、でも、全然大丈夫です!」
「これをお出ししたら、しばらくお店も落ち着きそうだから。ちゃんとご飯食べてね。賄い、用意してあるから」
「……はい。ありがとうございます」
トレイにアイスティーのグラスを載せ、指定された2番テーブルへと運ぶ。
これはリッジウェイさん考案の、9月からの新メニューだ。シャインマスカットと巨峰の果肉、そして細かく砕いた梨のゼリーが層になって浮いており、夏から秋への移り変わりにぴったりの涼しげで華やかな一品だった。
「お待たせいたしました」
お出しすると、お客様は「あら、とっても綺麗ね」と嬉しそうに目を細めてくださった。
キッチンに戻り、チラリと2番テーブルを伺う。一口召し上がったお客様が見せたあの満足そうな笑顔を、そのままリッジウェイさんにも見せてあげたい、と思う。
「石野君、はい、お昼ごはん。今日はソルトビーフサンドだよ」
キッチンの隅にある丸スツールに腰かけ、手渡された皿を受け取る。全粒粉の香ばしい食パンに、ほんのり甘いコールスローとホロホロなビーフがたっぷりと挟まれた贅沢なサンドイッチだ。
「とっても美味しいです!」
「良かった。育ち盛りなんだから、しっかり食べないとね」
――育ち盛り。
その言葉に、胸の奥が少しだけチクッとした。子ども扱いされてる?10歳も離れてないと思うんだけどな……と心の中で小さく呟いた。
「ごちそうさまでした。……ふぅ、やっと元気が出ました」
「え? 学校で何かあったの?」
「はい。実はですね……」
俺は文化祭のクラス代表を押し付けられるまでの絶望的な一連の流れを簡単に説明した。
話を聞き終えたリッジウェイさんは、困ったように少し眉を寄せて笑った。
「それは大変だったね。でも、英国風のカフェなら、石野君のここでの経験がバッチリ生かせるんじゃない?」
「いえ、それが……普通の英国風じゃなくて、英国風『メイドカフェ』なんですよ。リッジウェイさん、日本のメイドカフェってご存じですか?」
「メイドカフェ……? 知らなかったな。恥ずかしながら勉強不足で」
「あ、知らなくても全然大丈夫です! ええと、メイドの服を着たお姉さんたちとのやり取りを楽しむカフェ……と言ったらいいんでしょうか」
まさか「萌え萌えキュン」なんて言葉を出しても意味不明だろうし、ここで実演する度胸もない。説明に困って固まっていると、リッジウェイさんはポンと手を打った。
「はあ……なるほどねぇ」
(え!? これだけで伝わったのか……!?)
驚く俺に、リッジウェイさんは納得したような顔で解説を始める。
「昔のイギリスのお屋敷でもね、容姿の整った綺麗な女性は『パーラーメイド』っていう給仕担当のメイドに抜擢されていたんだ。そういう歴史的な文化をテーマにしているのかな?」
少し……というかかなり違う気もするが、話が複雑になりそうなので良しとしておく。
「ただ……ノリとウケ狙いでメイド服を着ようとしてる男のクラスメイトも数人いまして」
「えっ……」
それまで穏やかだったリッジウェイさんの動きがピタリと止まり、完全に固まった。
「英国風を名乗るのも本場の方に申し訳ないんですが……なんとか最低限の品位だけは保てるよう、俺も努力するつもりです……」
本格的な英国ティールームの伝道者を前に、俺はいたたまれない気持ちになってしまった。
ーー
閉店後、片付けをすべて終わらせて、いつものお茶の時間になった。
今日は三人で、新メニューの「プラムと紅茶の茶葉が入ったスコーン」を囲みながら雑談をしていた。出来立ての甘酸っぱい香りが漂うなか、リッジウェイさんがふと真顔で切り出した。
「ミーキン。……メイドカフェって知ってる?」
俺とミーキンさんは、同時に紅茶を吹き出しそうになった。
「知ってるよ。俺、行ったことあるし」
「ええっ!?」
(マジで!? ひとりで行ったのか……!?)
思わず声が出た俺に、ミーキンさんは事もなげにうなずく。
「そうなのか……!? 一人でか?」
リッジウェイさんも驚きを隠せない様子だ。
「うん。そうだけど?」
「勇気あるなぁ……どうだった?」
ミーキンさんはスコーンを一口かじりながら、少し思い返すように言った。
「うーん、普通に楽しかったよ。昔は男性客ばかりだったらしいけど、俺が行った時は女性のお客さんや外国人観光客ばかりだったな」
「あ、そうなんだ……最近はすっかり観光地化してるんですね」
「うん。それでさ、オムライスにケチャップで絵を描いてくれたり、美味しくなるおまじないをかけてくれるんだよ」
「おまじない……?」
首をかしげるリッジウェイさん。するとミーキンさんは、ごく自然に両手で大きなハートマークを作り、バチッと爽やかにウインクしてみせた。
「萌え萌え、キュン!」
「……!?」「……!!」
(……イケメンの破壊力、ハンパねえ……!!)
完璧すぎるポーズに、俺とリッジウェイさんは揃って息をのんだ。当のミーキンさんは「あはは」と楽しそうに笑っている。
「は、恥ずかしい……俺にはとても無理だ……」
リッジウェイさんは耳まで真っ赤にして頬に手を当てている。
「俺もです……そんなのどうやって対応すればいいのか、さっぱり分かりません」
「えー? そう? 照れずに『美味しくなりました!』って乗っかっちゃえばいいじゃん」
さらりと言いのけるミーキンさん。
さすがだ。この圧倒的な余裕こそが「大人の遊び方」というやつなのだろう。それにしても、ミーキンさんの接客ポテンシャルとノリの良さは本当に底が知れないなと、俺はただただ圧倒されるのだった。




