弟子?
アプレンティス――弟子、という意味らしい。
ウィリアムくんの言ったことが本当だとしたら、俺にとってリッジウェイさんは「親方」ということになるんだろうか。
……いや、そんなふうに意識したことは一度もなかった。
でも、陶磁器の知識を惜しみなく与えてくれたり、接客の立ち振る舞いから、ドリンクの開発、スコーンの焼き方まで、それとなく仕込んでくれていることを思えば、あながち間違いでもない気がしてくる。俺は今、一人前の「ローズ&クラウン」の店員に育ててもらっている最中なんだろうか。
育ててもらっている。それは間違いない。だけど弟子というより、ただあの人みたいになりたくて必死に真似しているうちに、いつの間にか今の形になっていた――そんな感覚の方が近い気がする。
そもそも、始まりはただの興味本位だったはずなのに。
そんなとりとめのないことを考えながら、今日も予備校帰りに店へ向かう。
ドアのガラス越しに中を覗くと、今日もほぼ満席の賑わいだった。カウンターの奥では、いつもと変わらない穏やかな手つきでリッジウェイさんが紅茶を淹れている。
ウィリアムくんはもう無事に帰国できただろうか。大好きなお兄さんとたまにしか会えないなんて、寂しいだろうな。……いや、きっと寂しいのはリッジウェイさんの方も同じはずだ。
俺は静かにバックヤードへ回り、エプロンに着替えてキッチンに立った。
「あ、石野くん、お疲れ様。塾終わりですぐなのに、ごめんね」
リッジウェイさんが少し申し訳なさそうに眉を下げて笑う。
「お腹空いてるでしょ? 先にお昼、食べてきたら」
「大丈夫です! 塾の休み時間にちゃんと済ませてきたので」
「そう? なら助かるよ。それじゃあ、スコーンが焼き上がったから、オーブンから出して網の上で粗熱を取ってもらえるかな」
「はい、わかりました!」
オーブンの扉を開けると、甘く香ばしい小麦とバターの匂いがふわっと広がった。今日も当然のように、スコーンには綺麗な「オオカミの口」――あの割れ目が入っている。完璧な出来だ。
鉄板を両手のミトンでしっかり持ち上げ、調理台へ運ぼうとした、その時。
「あつっ……!」
油断した一瞬、鉄板の端が、半袖で剥き出しだった左腕の皮膚にほんの少し触れた。
「大丈夫!?」
金属音とともに振り返ったリッジウェイさんが、素早く俺の腕を掴む。
「火傷してない? すぐ水で冷やそう」
流し台まで引っ張られ、勢いよく出る水の下に腕を差し出される。
「しばらくこのままでいてね」
そう言って、そっと手が離れていった。
「……すみません」
口から出たのは、それだけだった。
失敗した恥ずかしさと、さっき強く腕を掴まれた感触の余韻。冷水の下でじわじわ赤くなっていく皮膚を見つめながら、どうかこの顔の熱まで一緒に冷えてくれ、と切に願った。
すぐに冷やしたおかげで、ピリピリした痛みはそれほど残らなかった。それでもリッジウェイさんは救急箱を出してきて、赤くなった部分に薬を塗り、手際よく絆創膏を貼ってくれる。
もし家でこれをやったら、お母さんがやってくれようとしても「いいよ、自分でできるから」と素っ気なく断っていたと思う。だけど今は、なんとなくリッジウェイさんの勢いに流されるまま、されるがままになっていた。……いや、本当は、こうして甘えさせてもらうのが少し嬉しかったのかもしれない。
(俺、こんなところで甘えてどうする……弟子だったら一発で失格だろ)
そんな自己嫌悪を抱えつつも、その後の仕事はいつものペースに戻って無事にこなせた。
◇
閉店後、久しぶりにリッジウェイさんが淹れてくれた温かいお茶と、残ったお菓子でティータイムになった。
昨日と一昨日はウィリアムくんが店に来ていたから、「家族水入らずの方がいいだろうな」と適当な理由をつけて早めに帰っていたのだ。
「火傷、もう大丈夫?」
「はい、もう全然痛くないです!」
「そう? でも後から水ぶくれになるかもしれないから、お風呂のとき絆創膏の下、ちゃんと見てね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
すると、リッジウェイさんが二つに折られた紙を取り出した。
「弟が、君にって」
テーブル越しに差し出されたそれを広げると、驚くほど綺麗な字で書かれたスコーンのレシピだった。
「家でも練習できるように、って君のために書いたんだ。よかったら使って」
「え……!? ウィリアムくんがですか!?」
思いがけないプレゼントに、胸が一気に跳ねる。
「めちゃくちゃ嬉しいです……!」
「ふふ。君のこと、『すごく良い弟子ができたね』って言っていたよ」
「うわぁ……今日のドジな姿見られてたら、絶対そんなこと言ってくれなかったと思いますけどね……」
情けなさのあまり、頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
「そんなことないよ。……それにね、俺は君のことを『弟子』だなんて思っていないから」
リッジウェイさんはカップを置き、少し照れくさそうに微笑んだ。
「君は……なんていうか、『大切な……仲間』かな」
その言葉がじんわりと胸に染みて、あまりの嬉しさに「俺にとっても、リッジウェイさんは『大切な人』です」と口走りそうになる。
(いやいや、そこまでは言われてねーだろ!)
心の中でツッコミを入れて、一気に紅茶を飲み干した。




