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訪問者

挿絵(By みてみん)

 店がコラボカフェ化してから一週間。殺到していた推し活勢もようやく落ち着き始め、店内に元の静けさが戻ってきていた。


(やっと、平和な日々が……)


 心の中でほっと息をつく。——だが、まだ「あの問題」だけは解決していない。


 ミーキンさんとリッジウェイさんは、本当に付き合っているのだろうか。


 相変わらずミーキンさんは、閉店後になると常連の女性客たちと連れ立って夜の街へ消えていく。店は臨時休業を除けばほぼ休みなしの状態で、昼間はそれぞれが目の前の仕事に追われるだけ。


 もし本当に恋人同士なら、こんなにすれ違ったままで大丈夫なんだろうか。


 俺だったら絶対に嫌だけどな……。


(って、また変な方向に考えが飛んでる……!)


 首をぶんぶんと振って思考を追い払う。閉店後の片付けを続けていると、ふとリッジウェイさんが手を止めて声をかけてきた。


「石野君、お盆は帰省するの?」


「あ、いえ。俺は塾もありますし、いつも通りです」


「そうなんだ? 日本の人はご先祖の霊をお迎えするために、親戚で集まるって聞いていたけど」


「そうですね。ウチの親は行くって言ってました。……イギリスにも、そういう日ってあるんですか?」


「ハロウィンがそれに近いかな。万聖節(ばんせいせつ)っていってね。死者の霊だけじゃなく、モンスターたちも一緒にやってくるんだけど」


「へえ……あちら側との境界が曖昧になる日、みたいな感じなんですね」


「そう。不思議で、ちょっと面白いよね」


 穏やかな会話に胸をあたためられながら、俺はゴミ出しのためにバックヤードのドアを開けた。


 ——生温い空気が頬をかすめる。


 暗がりの廊下に、見知らぬ金髪の男の子が一人、ぽつんと立っていた。俺と同じくらいの年頃だろうか。息をのむほど整った、綺麗な顔立ちをしている。


「……石野湊?」


「っ!?」


 いきなりフルネームを呼ばれて、肩が跳ねた。しかも、当たり前みたいな呼び捨てで。


「お前、誰? 店に何か用……」


「僕、リッジウェイの弟だけど。兄さん、中にいる?」


「ええええっ!?」


 あまりの衝撃に、抱えていたゴミ袋を取り落としそうになる。


「リ、リッジウェイさんの弟さんだったんですか!! 『お前』とか失礼なこと言って本当にすみません!!」


 勢いよく直角にお辞儀をする俺に、


「うん、知ってるよ」


 と、クールな一言が返ってきた。ドギマギする。もしかして、リッジウェイさんが俺のことを話してくれていたんだろうか。


「中、入るね」


 弟さんは俺の横をすっと通り抜け、足音もなく店の奥へ消えていった。


(お兄さんと全然似てない、クールな子だな……)


 俺は焦りをごまかすように急いでエレベーターに乗り込み、ゴミ出しを済ませた。


 店に戻ると、奥から聞き覚えのない声が漏れ聞こえてくる。弟さんがリッジウェイさんと話しているらしい。


 ——だが、さっきまでの低く落ち着いたトーンとは、まるで別人だった。


 声を弾ませ、表情も別人のように緩み、天使みたいな笑顔になっている。


(お兄さんのことが大好きなんだな……。いいなぁ、あの距離感。まあ、兄弟だから当然か)


 微笑ましい光景をぼんやり眺めていると、俺の気配に気づいたリッジウェイさんが手招きをした。


「石野くん、俺の弟を紹介するよ。ウィリアムって呼んであげて」


「あ、はい——」


 挨拶しかけた、その瞬間。


 ウィリアム君はふっと表情を消し、真顔に戻った。アイスピックのように鋭い視線が、まっすぐ俺の顔を射抜く。


(え……なんか俺、めちゃくちゃ嫌われてません……??)


 背筋を冷や汗が伝う。


「弟は今日と明日、日本にいるからよろしくね」


 リッジウェイさんの言葉に、「はい! こちらこそです!」と元気よく返事をしたものの——俺の胸の中は、一抹どころではない不安でいっぱいになっていた。

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