緑茶アレンジの完成
夜。俺はリビングのテーブルを挟んで、両親の前に座らされていた。
目の前に置かれているのは、高校に入って初めてもらった期末テストと通信簿の束だ。自分でも分かっていたけれど、結果は思った以上に散々だった。
「これは一体、どういうことだ」
お父さんが低い声で切り出した。
「中学の時より、全体的に順位を落としてるじゃないか」
「そうよ。得意なはずの英語まで『5』から『4』に落ちてるじゃない」
お母さんも眉をひそめて追撃してくる。俺の高校は中高一貫だから、周囲のメンバーはそのまま持ち上がりだ。環境が変わっていない以上、成績がここまで落ちる理由にはならないというのが両親の言い分だった。
「あれは……だって、テスト前日にお父さんが俺の皿を割るから、それで集中できなくて、ケアレスミスが増えちゃって……」
「む……」
お父さんが一瞬ひるんだ。だがすぐに咳払いをすると、さっきより大きな声で「それとこれとは関係ない!」と言い切った。普段は「勉強しろ」なんて滅多に言わない両親だが、こうして目に見える結果が悪かった時だけは途端に焦り出す。
お父さんが腕を組み、重々しく言った。
「アルバイトはもう辞めなさい。夏休みは塾に行くんだ」
「嫌だ」
思わず、即座に言葉が口をついて出た。自分でも驚くくらい、迷いのない声だった。
「絶対に嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!」
「湊……?」
突然強く言い返した俺に、両親が驚いたように目を丸くする。俺は膝の上に置いた手を強く握りしめた。手のひらに爪が食い込むのが分かったけれど、それでも視線は逸らさなかった。
「塾には行く! 講習もちゃんと受けるから、バイトだけは辞めさせないでください! 2学期のテストで絶対に取り返すから……どうか続けさせてください!」
テーブルに届きそうなほど深々と頭を下げた。沈黙が痛いくらい長く感じられて、心臓がうるさいくらいに鳴っていた。
「……じゃあ、それでいいかしら? 塾の手続き、私の方でしておくわね」
しばらくの沈黙の後、お母さんが宥めるようにお父さんに言った。お父さんも「……まあ、そこまで言うなら」と渋々頷いた。
結局、俺の夏休みはかなりの時間が夏期講習で埋まることになったけれど、何とかティールームのバイトだけは死守することができた。
◇
宿題となっていた「緑茶ベースのアレンジティー」は、ほぼ形になりつつあった。
あれから色々な和の柑橘を試してみた結果、ゆずと緑茶の組み合わせが一番しっくりくると確信した。
濃いめに入れた冷たい緑茶に、細く刻んだゆずの皮と、ゆず蜜をほんの少し加える。そこにミントの葉を浮かべると、見た目も清々しく、喉を通る時のスッキリ感がたまらない。
だが、試作品を入れたグラスを傾けながら、俺はうーんと唸った。
味は悪くない。けれど、何か物足りないのだ。一言で言えば「映えない」。お店で出すメニューとしては、まだ華やかさが足りなかった。
「お父さんはあんな風に厳しく言ってたけどね」
グラスを眺めて思案していると、キッチンからお母さんが声をかけてきた。
「あなたがあんなにはっきり『嫌だ』なんて言うから、実はちょっと驚いたのよ。昔から習い事とか、言われたことは真面目にやる子だったけど……自分から『どうしてもやりたい』なんて主張する子じゃなかったから」
「……うん。そうだったと思う」
俺は素直に認めた。
これまでの俺は、熱中できるものと言えばゲームくらいしかなかった。でも、今は違う。俺にとって、あのティールームは、初めて自分の意思で守りたいと思えた特別な場所なのだ。
「湊、毎日緑茶で色々と実験してるみたいだけど……それもアルバイトの一環なの?」
「うん、まあ……新メニュー提案の宿題が出されてて」
「へえ! 私にも一口味見させてちょうだい」
俺は「いいよ」とグラスを差し出した。
お母さんは一口飲むと、少し首をかしげて微妙な顔をした。
「うーん……何か不思議な味ね。ちょっと緑茶が薄くないかしら?」
「あ、氷が溶けて薄まってきちゃったんだ……」
「だったら、氷が溶けても最後まで美味しく飲めるように工夫したらいいんじゃない? お店で出すなら、お客さんがゆっくりお喋りしながら飲むことも多いでしょうし」
――氷が溶けても美味しくなるような工夫。
母さんの何気ない一言に、俺の頭の中でポンと電球が灯った。
◇
翌日。俺はティールームのキッチンで、試作品の発表会を行うことにした。
調理台の上に用意した材料を広げ、準備を進める。俺を中央にして、左にリッジウェイさん、右にミーキンさんが立ち、じっと俺の手元を覗き込んでいる。ものすごい圧迫感と緊張感だ。指先まで見られている気がして、グラスを並べる手が少し震えた。
俺が製氷機から特別に作ってきた氷を取り出すと、二人が「わあ……!」と同時に声を上げた。
丸く大きな氷の中に、鮮やかなミントの葉と、食用の小さな真っ赤な薔薇の花びらを閉じ込めておいたのだ。窓から差し込む光を受けて、氷の中の花びらがきらきらと揺らめいて見える。
「すごく綺麗だね!」ミーキンさんが目を輝かせながら氷に顔を寄せる。「まるで氷の中に小さな庭があるみたいだ!」
「薔薇の赤が素晴らしいアクセントになっているよ」リッジウェイさんが穏やかな声で頷いた。
「ありがとうございます。日本の『茶室』をイメージして、床の間に飾るお花を氷に閉じ込めてみました。ちなみにこの氷、ただのお水じゃなくて、ミントを煎じたハーブティーを凍らせてあるんです。だから氷が溶けるほどミントの香りが広がって、最後まで薄まらずに『味変』を楽しめます」
二人が感心したように頷くのを確認しながら、冷たい緑茶をグラスに注ぎ、刻んだゆずの皮を散らす。とくとくと緑茶が注がれる音だけが、静かなキッチンに響いた。
「甘みをつけるゆず蜜は、別添えにしました。お客様のお好みで甘さを調節していただけます」
「なるほどね。これなら最初から最後まで、変化を楽しみながら飲めるわけだ」
「どうぞ、お召し上がりください!」
俺は少し緊張しながら、二人にグラスを差し出した。
リッジウェイさんは添えられたスプーンでゆず蜜をすくい、グラスに少し多めに入れると、くるくるとかき混ぜて一口飲んだ。
(あ、リッジウェイさんって意外と甘党なんだな……)
そんな小さな発見をしていると、リッジウェイさんの目がふわりと柔らかくなった。
「おいしい……」
「本当だね、すごく美味しいよ石野くん!」ミーキンさんはそう言うと、リッジウェイさんと顔を見合わせ、どちらからともなく笑みをこぼした。
二人が心から喜んでくれている表情を見て、俺の緊張が一気に吹き飛び、胸の奥から温かいものが込み上げてきた。
自分が作ったもので、誰かがこんなに笑顔になってくれる――それがこんなにも嬉しくて、誇らしいことだなんて知らなかった。
「はぁ……! よかったです……!」
脱力して胸を撫で下ろす俺に、リッジウェイさんが優しく微笑みかけた。
「石野くん、本当にすごいよ。このメニュー、明日からこのままお店で提供しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
自分のアイデアがお店のメニューになる。ティールームに少しだけ貢献できた達成感と喜びで、俺の心は満たされていた。あとは、ここに来るお客さんたちが気に入ってくれたら最高だなと、俺は心から願っていた。




