宿題
緑茶ベースのアレンジティー開発――その宿題を前に、俺の思考はすっかり行き詰まっていた。
そもそも、日本人には「緑茶に何かを足す」という発想自体、あまり馴染みがないんじゃないか。パッと浮かぶのはせいぜい玄米茶くらいで、花やフルーツの香りを重ねるなんて、伝統的な日本茶の世界ではむしろ邪道とされてきたはずだ。
フルーツ入りのお茶と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、紅茶のレモンティーだった。……なら、単純に緑茶にレモンを合わせても、案外いけるんじゃないか?
「みなとー、先にお風呂入ってきなさーい!」
キッチンからお母さんの声が飛んでくる。俺は生返事をしながら、続きの思考を風呂場へ持ち込むことにした。
脱衣所へ向かう途中、リビングの前を通りかかる。お父さんがビールを片手に昔のグルメアニメに見入っていた。画面の中では、和服姿のいかついおじさんが、渋い声で料理屋の店主を詰問している。
『――なぜレモンなのだ。スダチやカボスではなく、なぜレモンなのだ!』
おじさんはそう言い放つと、目の前に出された生牡蠣に箸をつけることもなく、そのまま店を後にした。
まるで雷に打たれたような衝撃だった。安易にレモン緑茶なんて考えていた自分自身が、そのまま叱りつけられた気がした。
――そうだ。昔から日本の食卓には、和の柑橘類が当たり前のように添えられてきたじゃないか。なんでそんな基本的なことに気づかなかったんだろう。
湯船に浸かりながら、スマホで「日本の柑橘類」を片っ端から検索する。
ユズ、スダチ、カボス。お正月にしか見かけないダイダイに、沖縄のシークヮーサー。なるほど、素材の選択肢ならいくらでもある。片っ端から試す価値はありそうだ。
温かい湯に体を預けていると、ふと今朝の光景が脳裏をよぎった。
リッジウェイさんとミーキンさん。……あの二人、本当にただのルームシェアなんだろうか。よほど相性が良くなければ、他人と一緒に暮らすなんて難しいはずだ。もし、ただの同居人じゃなくて……恋人同士だったとしたら?
胸の奥が、キュッと小さく締め付けられた。
いやいや、あの部屋での二人の空気感を見る限り、そんな感じじゃなかったはずだ。間取りだって2LDKで、寝室もちゃんと別々っぽかったし――って、俺は一体何を入念に分析してるんだ!
長風呂のせいか、それともくだらない妄想に熱くなったせいか、頭がすっかりのぼせてしまった。
「……今の俺が考えるべきなのは、緑茶アレンジだろ」
顔を叩いて冷水で洗顔し、パジャマに着替えてリビングへ向かう。
キッチンからはお母さんのご機嫌な歌声が漏れていた。洋楽の有名なフレーズを、自信たっぷりに朗々と歌い上げている。
「〜♪ パ〜セリ、セ〜ジ、ロ〜ズマリ〜、タイム〜♪」
だが、そこから先は歌詞があやふやになったらしく、すぐに「ふふ〜ん♪」と適当な鼻歌に変わった。相変わらず、歌詞を覚える気はないらしい。
リビングに入ると、お母さんがトングを片手に振り返った。
「あ、湊。今日は豚肉の香草焼きよ」
「香草……ハーブ?」
ハッとして、俺はそのままベランダへ飛び出した。お母さんが趣味で鉢植えにしている、何種類ものハーブが夜風に揺れている。
「お母さん! これって全部食べられるやつ!?」
「食用の苗を買って植えてるから大丈夫よ〜」
「ちょっともらってもいい?」
「いいわよ。どうせ剪定してもすぐに生えてくるんだから」
ベランダの葉を一枚ずつ摘み、指先で潰して香りを確かめる。その中から、すっきりとした爽快感のあるミントと、華やかな香りのラベンダーを選び取った。
和の柑橘類と、洋のハーブ。
この組み合わせで、新しい緑茶の世界を作ってみよう。




