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復讐のために後宮へ売られたΩですが、冷酷無比な暴君の隠された優しさに触れて、彼を一生独り占めすることにしました  作者: 水凪しおん


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第13話「玉座の傍らと真の伴侶」

 狂乱の夜会から数日が過ぎた。

 宰相ヴィクトルとその一派による暗殺計画は未遂に終わり、帝都の空を覆っていた重苦しい暗雲は嘘のように晴れ渡っている。

 冷たい北風の代わりに、かすかな春の気配を帯びた風が後宮の回廊を吹き抜け、張り詰めていた人々の緊張を少しずつ溶かしていた。

 エドガーの執務室に満ちる空気もまた、以前とはまるで違ったものになっている。

 重厚な黒檀の机に向かうエドガーの背中から、周囲を威圧するα特有の冷え切った覇気は完全に消え去っていた。

 代わりに漂っているのは、深い森の奥で静かに呼吸を続ける樹木のような、穏やかで揺るぎない温かさだ。

 シアンは窓辺に設けられた小さな机で、整理を頼まれた法案の束に目を通していた。

 右手首にはまだ白い包帯が巻かれているが、痛みはほとんど引いている。

 羽ペンを走らせるエドガーの規則正しい音を背中で聞きながら、シアンは穏やかな微睡みにも似た安心感に包まれていた。

 以前であれば、彼の背後に回ることすら躊躇われるほどの距離感があったが、今ではその背中の向こう側に潜む彼の鼓動の速さまで手に取るようにわかる。


「シアン」


 ふいに羽ペンの音が止まり、低く落ち着いた声が室内に響いた。

 呼ばれた名前に胸の奥が甘く跳ねる。

 シアンが顔を上げて振り返ると、エドガーが手元の羊皮紙を一枚、机の端へと滑らせていた。


「これに目を通してくれ」


 椅子から立ち上がり、シアンは静かな足取りでエドガーの隣へと歩み寄る。

 差し出された羊皮紙に視線を落とすと、そこには皇帝の正式な印璽が押されたばかりの新しい勅令が記されていた。

 内容を読み進めるうち、シアンの目がわずかに見開かれる。

 それは、現在後宮に集められているすべての側室候補を解放し、十分な見舞金を持たせてそれぞれの実家へ帰還させるという取り決めだった。

 さらに、後宮という制度そのものを縮小し、最終的には完全に廃止する旨が明記されている。


「後宮を、なくされるのですか」


 驚きのあまり声がかすれた。

 皇帝という立場にある以上、血継ぎの義務は避けて通れない問題だ。

 側室を一人も持たず、後宮を閉鎖するということは、国内の有力な貴族たちとの婚姻による繋がりをすべて断ち切ることを意味している。


「余の生涯にわたり、伴侶と呼べる存在はただ一人しか必要ない」


 エドガーは深く背もたれに寄りかかり、灰色の瞳で真っ直ぐにシアンを見上げた。

 そこに迷いや妥協の色は微塵もない。


「政略のための婚姻など、これ以上の無意味な血を流す火種になるだけだ。権力は余の手で完全に統制する。その代わり、余の隣という最も過酷な場所に、お前を縛り付けることになる」


 言葉の裏にある不器用な情熱が、シアンの胸の奥底を強く叩いた。

 彼は決して、シアンを籠の鳥として後宮の奥に隠しておこうとしているのではない。

 過去の罪と向き合い、広大な帝国をより良い方向へ導いていくその険しい道のりを、対等な存在として共に歩んでほしいと乞うているのだ。


「縛り付けられるのは、私の方ではありません」


 シアンは微笑を浮かべ、包帯の巻かれた右手でエドガーの左手を取り、自らの頬にそっと押し当てた。

 ざらついた剣だこの感触と、火傷しそうなほどの強い熱が、皮膚を通して心臓へと流れ込んでくる。


「あなたが独りで暗闇に迷い込まないよう、私が隣でその手を強く握り続けるのです。どれほど険しい道でも、もう二度とあなたを独りにはいたしません」


 その言葉を聞いた瞬間、エドガーの瞳の奥で微かに光が揺らぎ、彼はシアンの腰を片腕で抱き寄せて自らの膝の上へと引き下ろした。

 柔らかな衣服がこすれる音が鳴り、二人の距離が完全にゼロになる。

 シアンのΩとしての本能が歓喜に粟立ち、甘い熱が下腹部から指先へと瞬時に広がっていった。

 エドガーの大きな手がシアンの背中を包み込み、もう片方の手がうなじをそっと撫でる。


「……後悔はさせない。余のすべては、お前のものだ」


 かすれた声とともに、エドガーの顔が近づく。

 影が重なり、互いの呼吸が一つに溶け合う。

 触れ合った唇からは、戦場のような痛々しい熱ではなく、雪解け水のように優しく清らかな愛情だけが注ぎ込まれていた。

 窓から差し込む冬の終わりの光が、静寂に包まれた執務室の二人を柔らかな金色に染め上げていた。

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