第12話「夜明けの光と偽りなき名」
長い夜が明けようとしていた。
分厚いカーテンの隙間から差し込む光が、群青色から柔らかなオレンジ色へと少しずつ色を変え、私室の絨毯に長い筋を描き出している。
シアンは長椅子の上に並んで腰を下ろしたまま、エドガーの肩にそっと頭を預けていた。
エドガーの腕はシアンの背中をしっかりと抱きとめ、規則正しい呼吸のリズムが二人の体を同調させるように優しく揺らしている。
暖炉の火はすでに小さくなり、熾火の微かな赤い光だけを残していたが、互いの体温が触れ合う部分から生み出される熱だけで十分に温かかった。
窓の外からは、冬の澄み切った空気を震わせるように、早朝の小鳥のさえずりがかすかに聞こえてくる。
「……もう、嵐は去ったのですね」
シアンがぽつりとつぶやくと、エドガーの胸の奥から響く低い声が耳元に落ちた。
「ああ。ヴィクトルの残党も、昨夜のうちに騎士団がすべて制圧したと報告があった。帝国の政治はしばらく混乱するだろうが、すぐに立て直してみせる」
その声には、今までのような冷たく孤独な響きは一切なく、未来を見据えた確かな強さが宿っている。
エドガーはシアンの髪に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
彼がまとうαの覇気は、シアンの存在によって完全に静まり、穏やかな水面のような凪を作り出していた。
それは血の理屈を超えた、魂の深層で結びつく真の番としての共鳴の証に他ならない。
シアンはエドガーの腕の中からわずかに身を引き、彼の顔を真っ直ぐに見つめ返した。
灰色の瞳が、夜明けの光を受けて透明な輝きを放っている。
過去の憎しみも、身を守るために身につけた分厚い仮面も、もうこの場所には必要ない。
シアンは静かに深呼吸をし、意を決して唇を開いた。
「エドガー様」
初めて口にしたその名前に、エドガーの瞳がわずかに見開かれる。
「私の名は、ルカではありません」
「……知っている。没落貴族の記録を調べた時から、その偽りには気づいていた」
「なぜ、私を咎めなかったのですか」
シアンの問いに、エドガーは短く鼻で笑い、長い指でシアンの前髪を横へ流した。
「最初にお前と謁見した時、あの瞳に宿る烈火のような意志を見たからだ。誰一人として余を真っ直ぐに見ようとしないこの城で、お前だけが余の魂を正確に見据えていた。お前が自ら本当の口を利くまで、ただ手元に置いておきたかったのだ」
その告白に含まれた不器用な執着に、シアンの胸の奥が甘く疼く。
すべてを包み込んでくれるこの腕の中でなら、自分自身のすべてを委ねることができる。
「シアン」
朝の静寂の中に、自らの真実を落とした。
「それが、私に与えられた本当の名前です。アルストリアの、シアン」
言葉が空気に溶ける前に、エドガーの指がシアンの顎を軽く持ち上げた。
「シアン」
エドガーの唇が、その音を慈しむようにゆっくりと紡ぎ出す。
名前を呼ばれただけで、全身の細胞が歓喜に震えるような鮮烈な衝動がシアンの体を駆け巡った。
エドガーの顔が近づき、影が重なり合う。
互いの呼吸が完全に混ざり合い、唇が静かに触れ合った。
それは、暴君と供物という形ではなく、対等な二つの魂が互いの傷を埋め合わせ、共に未来を歩んでいくための確かな誓いの儀式だった。
窓からあふれ出す朝の陽光が、影を落としていた二人の輪郭をまばゆく照らし出し、新しい時代の幕開けを無言で祝福していた。




