第11話「真実の吐露と重なる体温」
エドガーの私室は、彼が普段過ごす執務室とは異なり、重厚な家具が少なく、どこか冷涼な空気に満ちていた。
唯一の熱源である大きな暖炉には赤々と薪が燃え、オレンジ色の光が暗い室内の壁に揺らめく影を落としている。
シアンは革張りの長椅子にそっと下ろされ、深い座面に身を沈めた。
エドガーは部屋の隅に置かれていた棚から木製の薬箱を取り出し、シアンの傍らで片膝をついた。
皇帝という絶対的な権力者が、ただのΩの前にひざまずく。
その構図の異常さにシアンは慌てて体を起こそうとした。
「私が自分でやります。陛下にそのような真似をさせるわけには」
「動くな」
低く静かな声で制され、シアンは口をつぐむ。
エドガーは水差しから澄んだ水を布に含ませ、シアンの腫れ上がった右手首にそっと当てた。
冷たい感触にわずかに肩が跳ねるが、その後に続くエドガーの指の動きは、壊れ物に触れるかのようにひどく慎重で優しいものだった。
熱を持った関節の周囲に軟膏が塗り込まれ、白い包帯が丁寧に巻かれていく。
「お前は愚かだ。毒の香りが満ちる広間で、刺客の刃の前に飛び出してくれば、どうなるか分かっていたはずだ」
視線を落としたまま手当てを続けるエドガーの口から、咎めるような言葉がこぼれた。
「それに、お前は余の命を狙っていたのだろう。あのまま傍観していれば、お前の望み通りになったかもしれないものを」
自嘲気味に告げられたその言葉に、シアンは残された左手でエドガーの袖口を強く握り締めた。
「あなたを死なせるくらいなら、愚か者で構いません。……それに、私はもう真実を知ってしまった」
「真実だと」
エドガーの手が止まり、ゆっくりと顔を上げた。
至近距離で交差する灰色の瞳には、動揺の色が微かににじんでいる。
「あの古い文書庫で見つけました。前皇帝が強行したアルストリア戦役の真の記録を」
シアンの声は震えていたが、決して視線をそらすことはなかった。
「あなたは自らの手を汚し、周囲を敵に回してまで、私の故郷の人々を逃がそうとしてくれていた。誰もその事実を知らないまま、あなただけがすべての憎悪を一身に引き受け、暴君という仮面を被ってこの玉座を守り続けてきたのですね」
室内に響くのは、薪が爆ぜる乾いた音だけだった。
エドガーは長い沈黙の後、深く息を吐き出し、シアンの手首から静かに手を離した。
その瞳の奥に張り巡らされていた強固な氷の壁が、音を立てて崩れ落ちていくのがシアンにははっきりとわかった。
「……それでも、余が帝国の血を引く者である以上、あの国の滅亡は余の罪だ。お前の家族を奪った事実に変わりはない」
「いいえ」
シアンは身を乗り出し、エドガーの冷えた頬に両手を添えた。
冷ややかな皮膚の下から、彼自身の痛いほどの熱がシアンの手のひらへと直接流れ込んでくる。
「あなたは泥を被ってでも、誰かを守ろうとする不器用で優しい人だ。その痛みを、もう一人で抱え込まないでください。私はあなたの背中を、この熱を、決して手放したくはありません」
言葉の裏を探り合う時間など、もう必要なかった。
シアンの指先がエドガーの目元をなぞると、彼は抵抗することなくその微かな感触に身を委ねるように目を閉じた。
Ωの本能が求める甘い支配欲求などではなく、ただ目の前にいる一人の人間として、彼の孤独に寄り添いたいという純粋な願い。
エドガーの大きな手がシアンの腰に回り、ゆっくりと引き寄せられる。
互いの体温が布越しに混ざり合い、静かな私室の空気を熱く満たしていった。




