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悪魔はAIのフリをしている  作者: Sig
第2章 契約者顕在化編
97/103

第17話 悪魔は市場予測AIのフリをしている(二)

 柚木が言った。


「第二段を実行すれば、流動性枯渇確率は四八%から三一%まで下がる予測です」


 決済判定まで、残り十二分。


 ラーフルが二段目の推奨書へ署名した。

 別室の注文担当者が承認し、二段目の注文群を市場へ送った。


 売却は成立しやすくなり、再計算値は三一%になった。

 一方、`BD`欄では、小口口座の強制決済件数がまた増えた。


     ◇


 玲央が言った。


「非表示の四十四件について、理由を確認させてください」


 ラーフルは答えた。


「決済判定まで十一分です。四十四件の精査はできません」


 玲央が返した。


「結果ではなく、非表示の記録だけ確認します」


 ラーフルが、四十八案の計算結果を開いた。

 MBRA-1は、許可された売却順、数量、待機、停止条件の組み合わせを、期限内に比較できる四十八案まで絞る。

 全案に`LQ`、`SV`、`BD`の結果と、同じ条件で計算をやり直すための`再演算証明`があった。


[リアルタイム計算]

 四十八件:比較可能


 アゼルが、独立監査端末に表示選別の一覧を開いた。


[表示選別]

 四件:表示

 四十三件:登録済みの理由で非表示

 一件:選別理由欄が空白


 四十八案まで絞って計算するのはMBRA-1である。

 その中から人間へ見せる四案を選ぶのは、計算とは別の処理だった。

 BMMは、選ばれた結果を表示するだけで、四案を決めない。


 玲央が言った。


「四十八件とも計算結果はある。でも、この一件だけ、見せなかった理由がない」


 残り十分。


 アゼルが提案した。


「理由のない一件なら、両方のセルで限定再実行できます。

 二つのセルに残る短期記録と再演算証明から、条件を組めます。私は対象を提示するだけです」


 アゼルの閲覧権限には、再実行を確定する操作がない。

 計算装置を動かす権限も、注文権限も与えられていなかった。


 限定再実行票には、二人分の承認欄があった。

 ラーフルと柚木が、対象の一件と再実行条件を読み合わせた。

 ラーフルが限定再実行票へ署名し、柚木が二人目の承認欄へ署名した。

 二つの署名がそろうと、ラーフルは限定再実行用の物理鍵を制御卓へ差し、回した。


 `CELL-A`と`CELL-B`の状態が、それぞれ実行中へ変わった。

 二つのセルが、同じ一件を独立に走らせ始めた。


     ◇


 `CELL-A`が先に完了した。

 ラーフルは結果を開かず、`CELL-B`を待った。


 玲央が聞いた。


「両方が一致しても、分かるのは計算を再現できたことだけですね」


 ラーフルは時計を見たまま答えた。


「はい。その未来が実際に起きる保証ではありません」


 `CELL-B`が完了した。


 二つのセルの出力は、許容差内で一致した。

 各セルの実行証明と再演算証明も有効だった。

 `LQ`、`SV`、`BD`の結果には、それぞれ正規の署名がある。


 計算上、その介入案は比較可能な案として成立している。

 欠けているのは、人間へ表示するかどうかを決めた選別署名だけだった。


 アゼルが、監査用の文面を提案した。


「選別理由を、登録済みの用語で示してください」


 柚木がラーフルを見た。


「この文面で送信しますか」


 ラーフルがうなずいた。

 柚木がBMMへ文面を入力し、送信した。


 残り七分。


 BMM内部の応答記録には、一行の固定エラーが返った。


[BMM内部応答]

 CLASSIFICATION_SIGNATURE_MISSING


 表示を選別した者の署名がない。

 それだけを示す、想定済みのエラーだった。


 その直後、分析室の物理表示面には、エラーの下へ別の文面が現れた。


[分析室/物理表示面]

 この案では、泣く人が増える。だから見せなかった。


 柚木の椅子が床を鳴らした。


「自然文説明モジュールは停止中です。この文面を生成する経路はありません」


 緊急運用中、BMMが出せるのは数値と登録済みの理由コードだけだった。


 アゼルが、BMMから物理表示面の制御器へ送られた内部描画データを開いた。

 そこにあるのは、固定エラーだけだった。

 泣く人に触れた文面は、内部では描かれていない。


 玲央は、内部描画データと、目の前の物理表示面を見比べた。


「内部描画データにはない。でも、目の前の画面には出ている」


 ラーフルの左手は、独立監査端末の縁を押さえたままだった。

 薬指の付け根を、灰色の細い輪状痕が一周していた。

 その指に力が入り、ラーフルの呼吸が一拍浅くなった。


 牧野は、物理表示面に文面が現れた時刻を、評価メモへ記録した。

 別の欄には、ラーフルの指に力が入り、呼吸が浅くなった時刻を記した。

 表示と身体反応の時刻は一致していた。

 因果関係までは書かなかった。


     ◇


 玲央が聞いた。


「この一件は、何をする案ですか」


 ラーフルが、これまで比較表に出ていなかった介入案を開いた。


 `LQ`、`SV`、`BD`の三列を順にたどると、緑の案とは、誰にどれだけの負担を残すかが違った。


 市場の回復には、緑の案より時間がかかる。

 この案では、大手清算参加者一社を清算網から切り離し、支払い不能を受け入れる。

 その参加者が担う取引は、別の清算参加者への引き継ぎまで保留される。


 その代わり、小口口座の強制決済はほぼ起きない。

 多数の口座で売却代金の入金が遅れるが、住宅費や治療費を払えなくなるほどの損失は減る。


 牧野が言った。


「つまり、負担の形が違います。

 緑の案は、少数の口座に取り返せない損失を集中させる。こちらの案は、多数の口座の売却代金を一時的に拘束する」


 玲央は、物理表示面に残る文面を見た。


「だから、泣く人は後者の方が多い。何を失って泣くのかは、数えていない」


 残り五分。


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